■デジタル録音と共に歩んだデュトワ+モントリオールの名盤
たとえばエルネスト・アンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の録音の成功が、
ステレオ録音というテクノ ロジーの発達と切り離せないのと同じく、
シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団の一連のデッカ 録音ほど、
デジタル録音という画期的な技術の完成と発展と密接に結びついて
爆発的に評価を高めた演奏芸術はほかになかったといえるでしょう。
「北米のパリ」と称されるカナダ第 2の都市モントリオー ルを拠点に 1935年に遡る歴史を持ち、
1960年代にはズービン・メータを音楽監督に迎えて飛躍したものの、
その後は国際的な舞台からは長らく遠ざかっていたモントリオール交響楽団が、
1936年スイ ス・ローザンヌ生まれのシャルル・デュトワを音楽監督に迎えたのが 1977年のこと。
抜群の耳を持つ職 人気質のデュトワは、
士気の衰えたオーケストラに根気よく地味な訓練を徹底し、
ごく短期間で高い音 楽性を備えた機能的なアンサンブルへと育て上げました。
このコンビが 1980年のラヴェル「ダフニスと クロエ」から開始され
(より正確にはチョン・キョンファとのコンチェルト録音が最初)、
2004年まで約四半 世紀にわたって続いたデッカへのフランス音楽を中心とする一連の録音は、
折しも世界的に普及し始めたデジタル録音によるコンパクト・ディスクでリリースされ、
彼らの名を世界的なものにしたのでした。
■デュトワ+モントリオール初期の名盤、《オルガン付》
1982年 6月に 4日間のセッションで収録されたサン =サーンスの 交響曲第 3番《オルガン付》は、
コンチェルト以外のデュトワ+モ ントリオールのコンビによる録音としては、
ラヴェル 2枚とファリャに次ぐ 4枚目のアルバムとなったものです。
長らくこのコンビのプロデュースを手掛けたデッカのレイ・ミンシャルによると、
デュトワこそ は「実力があり、カリスマ性を備え、
すべてのコンセプトを本当の成功へと導く能力を持つ音楽家」であり、
デッカは、このコンビに、
LP時代にレーベルのフランス音楽の重要なカタログとなったアンセルメとスイス・ロマンド管のレパートリーを、
デジタル時代に継 承・再現させることにしたのです。
まずは正確なリズム、音程、 ハーモニー、美しく統御された音色の多彩さ、
音楽的なオーケス トラ・バランスを基礎に、弦楽器の刻み一つまで疎かにされない、
職人的な緻密なエクセキューションを積み重ね、作品のあるがままの姿を再現する姿勢が基本にありつつ、
デュトワの色彩感に対する優れたセンスは、
決して無味乾燥にならないエンターテインメント性を兼ね備えていました。
マスとしての オーケストラ・サウンドの見事さのみならず、
随所に聴かれるフルートのティモシー・ハッチンスらに代表される木管・金官奏者の冴えたソロが
聴き手の耳をそばだたせ、たとえテクスチュアが複雑になっても それぞれのパートがごくごく明晰に演奏され、
決して音が濁らないというある意味オーケストラ演奏の一つの理想に辿り着いていたのです。
この交響曲でも、第 2楽章の後半でオルガンが加わる有名なクラ イマックスだけではなく、
第 1楽章序奏の弦楽パートのシルキーな響き、
第 2楽章前半の中間部でピアノ 2台が加わる部分の細かな音符が
全て生き生きと躍動するヴィルトゥオジティなど、聴きどころは無数 にあります。
何よりもこのコンビの音楽性の高さを証明しているのは、
第 1楽章後半で静かなオルガン・ ソロに導かれてヴァイオリンがピアニッシモで加わるときの
デリケートの極みともいえるような絶妙なバラ ンスでしょう。
■これまで気づかなかった美を発見するビゼー
1995年に 3日間のセッションで録音されたビゼーの交響曲は、
CD初期の「カルメン&アルルの女」に次ぐこのコンビの 2枚目のビゼー・アルバムとなったもの。
彼らのデッカ録音としては比較的最後期にあたるもので、
音楽に対する姿勢はサン =サーンスと全く同じで、細部を疎かにすることなく、
第 2楽章の見事なオーボエのソ ロに添えられたピッツィカート、
往々にして崩れがちな第 4楽章の 第 1主題の生き生きとした弦楽の刻みなど、
演奏のあちこちにこれまで気づかなかったような美を発見することのできる名演です。
デュトワとモントリオール交響楽団のデッカ録音は全て、
モントリオールから 20マイル(約 50キロ)西部にある聖ユスターシュ教会で行われました。
18世紀後半に典型的なフランス =カナダ様式で建立されたこの教会は、
オーケストラ録音用としてはやや狭かったものの、天井が高く響きの抜けがよく、
このコンビの録音場所としては理想的でした。
アナログ時代に世界最高峰の音響とされたロンドンのキングスウェイ・ホールと
比肩することのできる録音会場と評価されたこともあるほどで、
特にサン =サーンスでは教会という言葉から想像されがちな残響過多なことは全くなく、
細部が明晰に保たれつつ、適度な美しい響きがついており、
デッカのヴェテラン・エンジニア、ジェームズ・ロックの技の冴えを聴きとることが出来ます。
発売当初から優秀なデジタル録音として高く評価されたため、
これまでリマスターされたのは 2006年の「デッカ・オリジナルス」での発売のみで、
今回はそれ以来の、そして初めてのDSDリマ スタリングとなります。
今回の Super Audio CD ハイブリッド化に当たっては、
これまで同様、使用する マスターテープの選定から、
最終的な DSDマスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業が行われています。
特に DSDマスタリングにあたっては、
DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、
入念に調整された ESOTERICの最高級機材を投入、
また MEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
◎サン =サーンス
「最近では最もフランス的な特質を備えたオーケストラとして、
急速に評価の高まったデュトワとモントリオール交響楽団だが、
このサン =サーンスはその特徴を端的に示した 1枚である。
その明るいふくよ かな響きとオルガンの音色が溶け合って醸し出す、
第 1楽章後半の憧れに満ちたコラール風の高貴 なリリシズム、
第 2楽章前半の速いテンポで軽妙な味わいをたたえたスケルツォ、
そして後半の輝かし い華麗なクライマックスなど、
大仰にならずに音楽的なバランスをよく保って流麗に仕上げている。」
(『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブック VOL.1交響曲編』、 1985年)
「デュトワは、とくに意図したわけではなくて自然にそうなったのだろうが、
響きと音楽をバランスよく共 存させているのがよい。
さらに音楽に関していえば、サン =サーンスの古典的な一面とロマン的な一面をあるがままに無理なく両立させ、
柔軟でデリケートな表現を生み出している。」
(『ONTOMO MOOK クラシック名盤大全交響曲編』、 1997年)
「デュトワのフランスものはラヴェルの一連の名盤から始まり、
その定評は非常に高いが、このサン = サーンスの第 3番もその線上で成功している。
先輩格のミュンシュやマルティノンの情熱性やフランス・ エスプリ的感性を受け継ぎながらも、
現代的な洗練性とモントリオール響の滑らかでバランスのよい響きを十分に生かして、
さらに進化したフランス風交響曲の華麗な姿を作り出している。
重厚な響きでは あるが鈍重にならず、常に流麗な方向へと導き、
また様々な色彩の変化の綾を細やかに作り出してい るのも特徴である。
その結果、サン =サーンスのオーケストレーションがさらに鮮やかさを増すことになる。
いずれにせよ、スマートな快演である。」
(『クラシック不滅の名盤 1000』、2007年)
◎ビゼー
「デュトワのすっきりとした明快な指揮は曲とマッチし、フランス的な軽さが活きている。」
(『ONTOMO MOOK クラシック名盤大全交響曲編』、 1997年)
■収録曲
カミーユ・サン =サーンス
交響曲第 3番ハ短調作品 78《オルガン付》
[1]第 1楽章:アダージョ〜アレグロ・モデラート
[2]ポーコ・アダージョ
[3]第 2楽章:アレグロ・モデラート〜プレスト〜アレグロ・モデラート
[4]マエストーゾ〜ピウ・アレグロ〜モルト・アレグロ
ピーター・ハーフォード(オルガン)
ジョルジュ・ビゼー
交響曲ハ長調
[5]第 1楽章:アレグロ・ヴィーヴォ
[6]第 2楽章:アダージョ
[7]第 3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ〜トリオ
[8]第 4楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
テッド・バスキン(オーボエ)
[録音] 1982年 6月 17、18、24&25日(サン =サーンス)、
1995年 5月 17、24日& 10月 11日(ビゼー)、モントリオー ル、聖ユスターシュ教会
[初出]サン =サーンス 410 201-2(1983年)ビゼー 452 102-2(1996年)
[日本盤初出]サン=サーンスLP:L28C1466(1983年 6月 25日)CD:410 201-2(1984年 1月 10日)
ビゼー POCL1699(1996年 10月 25日)
[オリジナル・レコーディング]
[プロデューサー]レイ・ミンシャル(サン =サーンス)、クリス・ヘイゼル(ビゼー)
[バランス・エンジニア]ジェイムズ・ロック(サン =サーンス)、ジョン・ダンカリー(ビゼー)
[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック株式会社)
[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]杉本一家(JVCマスタリングセンター (代官山スタジオ ))
[Super Audio CDオーサリング]藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説]諸石幸生
[企画・販売]エソテリック株式会社
[企画・協力]東京電化株式会社