■今も聴き逃せないピアニスト、ツィマーマン
現在、世界のクラシック音楽界で最も高い評価を受けているピアニストの一人、
クリスティアン・ツィマーマン(1956.12.5生まれ)。
1975年のショパン国際ピアノ・コンクールで史上最年少の18歳で優勝して
世界的な注目を浴び、以来第一線で活躍しています。
最近では、昨年「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞して日本でも話題になりました。
ツィマーマンは、自分が指向する完璧な演奏の実現、
特に楽器を完全に自分のコントロールできるようにしておくことにこだわり、
演奏に際しては自分の楽器やアクションを世界中に運搬し、
さらに馴染みの調律師とともに演奏会場の特性に合わせて調整を重ねることで
自己の理想とする演奏を目指すという徹底ぶりでも知られています。
取り上げるレパートリーの選択や録音にも慎重で、
実際に演奏会で取り上げるまでに長い時間をかけたり、
録音しても発売しなかったり、
LPで発売したものでもCD化を認めない場合もあります。
■格段に個性的なショパンのピアノ協奏曲
それゆえショパン・コンクールの直後から始まったツィマーマンの録音は、
数こそ少ないものの、その1枚1枚が極め尽くされた聴きごたえのある名盤揃い。
その中でも格段に個性的なアルバムが1999年に録音したショパンの2曲のピアノ協奏曲。
この年、ちょうどショパンの没後150年メモリアルと
ツィマーマン自身の40歳の誕生日とが重なったこともあり、
8月から11月にかけて、ツィマーマンはこのショパンの2曲の協奏曲をレパートリーとして、
自ら特別に編成したポーランド祝祭管弦楽団とともに、
故国ポーランドを含む欧米40か所の主要コンサートホールを回るワールドツアーを敢行したのです。
しかも、ソリストとしてだけでなく指揮も兼ねた「弾き振り」を行い、
そのツアーの途上、8日間をかけてトリノでセッションを行なって
2曲の協奏曲を収録したのがこのアルバムです。
■旧録音とは次元を異にする境地
ツィマーマンは1978年と79年にジュリーニ指揮/ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団と
この2曲の録音を行なっており、それらも若きピアニストの覇気を伝える名演として知られていますが、
1999年盤は旧録音とは次元を異にする境地と言っても差し支えないほど。
ツィマーマンのソロは強靭ではあるものの無限に変化する豊かなニュアンスと美しさを湛え、
作品の感情の起伏をダイレクトに伝えます。ダイナミック・レンジの幅も広大で、
夢見るような弱音(第1番の第2楽章)から勇壮に鳴り渡る強音まで、
その間に付される多様な音の彩には驚くばかり。
作品のあらゆる部分、音符の一つ一つが吟味され、再検討され尽くし、
微に入り細を穿った表情付けが施されています。
それは一聴すると19世紀的なロマンティシズムとも聴きまがうようなものですが、
ショパンの音楽の本質をついているため、決して恣意的には聴こえません。
■ オーケストラ・パートにも徹底されているニュアンスの変化
それはソロのみならず、オーケストラ・パートにも徹底されていて、
一つの小節内(あるいは一音ごと)でのテンポや
ニュアンスの変化が一糸乱れずに実現されています。
一般に軽んじられ、カットされることもあるショパンのオーケストラ・パートが
立体的なサウンドに生まれ変わっているのです。
そのためテンポも遅くなり、第1番では46分もの時間をかけてじっくりと作品全体を描きあげています。
このオーケストラとの一体化は、
ポーランド祝祭管弦楽団がツィマーマン自身によってオーディションで選抜された
ポーランドの若手演奏家で組織され、
長時間の徹底的なリハーサルを重ねることで生み出されたもの
(ポーランドのヴァイオリニストでツィマーマンとも親しい
カヤ・ダンチョフスカが音楽アドバイザーを務めています)。
また作品の本質を伝えるためには楽譜の変更も辞さず、
オーケストレーションの変更やパッセージの追加まで行っているほどです。
弦楽パートは多彩なヴィブラートを使い分け、臆することなくポルタメントをかけて
豊かな感情を伝えます。金管の鮮やかな活かし方も実に見事です。
■
演奏全体の緊密な一体感が強く感じられる音作り
録音が行われたのはトリノのジョヴァンニ・アグネッリ・オーディトリアムで、
1994年に建築家レンゾ・ピアノ設計によって建てられたトリノの代表的なコンサート会場の一つ。
ピエモンテ州都の見本市会場でもある複合施設の一部で、
会議やイベントとしても使われています。
キャパシティは1,900人で、音響効果を高めるために
チェリー材のパネルが全面に貼られたモダンなコンサートホールといえるでしょう。
ツィマーマンのピアノは大き目の音像でくっきりと捉えられ、
多彩なニュアンスを手に取るように聴き取ることができます。
その後ろに左右いっぱいに大きく広がるオーケストラも明晰ながらソロと乖離せず、
演奏全体の緊密な一体感が強く感じられる音作りがされています。
発売以来今回が初めてのリマスターとなります。
今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、
これまで同様、使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、
新たに構築した「Esoteric Mastering」を使用。
入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACと
Master Sound Discrete Clockを投入。
またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
■
『これは驚くべき名演奏だ』『まさに歴史上の大事件』
「これは驚くべき名演奏だ。今までに聴いたいかなる名ピアニストも、
このツィマーマン盤に比べれば、太陽の前の星のように光を失うだろう。
何より素晴らしいのはオーケストラ・パートである。とかく管弦楽部分がつまらないといわれ、
オーケストレーションが下手といわれつづけ、大幅にカットして
演奏されることも多いショパンのコンチェルトだが、とんでもない。
ツィマーマンの弾き振りによって極めて雄弁、極めて美しい音楽としてここに生まれ変わったのである。
まさに歴史上の大事件と言わなければならない。」
日本初出盤ライナーノーツより 1999年
「ショパンの没後150年を記念して、ツィマーマンが指揮も兼ねて録音した優れてユニークな名演である。
ツィマーマンは『19世紀風のショパン』を目指したというが、存分にオケをドライヴし、
大きくテンポを動かした演奏は、その言葉のように極めてロマンティックである。
しかし、その演奏が少しも時代がかったり、重く沈んだ澱を残すことがないのは、
ツィマーマンのソロが常にしなやかな確信に満ちているだけでなく、
ポーランド全土から選抜された若きメンバーたちの作品と愛情への共感の深さゆえだろう。
曲に一部手を加えるなど、原典主義の立場からすると問題はあろうが、
その演奏には有無を言わせぬほど強く美しい説得力がある。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
「ツィマーマンは自ら協奏曲のオーケストラ・パートに手を加え、
かつ、そのヴァージョンを理想的に演奏できるような新しいオーケストラを編成するため、
オーディションまで行った。その上で、自らがピアノ・パートを奏で、
録音を果たした。彼ならではの精緻なリリシズムが美しく明滅する録音を。
2 度とはなし得ぬ企画だと言えよう。」
『クラシック最新不滅の名盤1000』2018年
■収録曲
DISC 1
フレデリック・ショパン(1810-1849)
ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11
1.第1楽章:Allegro maestoso
2.第2楽章:Romance(Larghetto)
3.第3楽章:Rondo(Vivace)
DISC 2
フレデリック・ショパン(1810-1849)
ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 作品21
1.第1楽章:Maestoso
2.第2楽章:Larghetto
3.第3楽章:Allegro vivace
クリスティアン・ツィマーマン(ピアノと指揮)
ポーランド祝祭管弦楽団
[録音]1999年8月24日〜31日、トリノ、ジョヴァンニ・アニエッリ・オーディトリアム
[初出]459 684-2(1999年10月10日)
[日本盤初出]POCG10245/6(2000年1月13日)
[オリジナル・レコーディング]
[エグゼクティブ・プロデューサー]Dr. マリオン・ティーム
[レコーディング・プロデューサー]ヘルムート・バーク
[バランス・エンジニア]ライナー・マイラード
[レコーディング]ユルゲン・ブルグリン
[エディティング]ダグマー・ビルヴェ
[Super Audio CDリマスタリング]
[Super Audio CDリマスター]2022年12月 エソテリック・オーディオルーム、
「Esoteric Mastering」システム
[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック株式会社)
[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック株式会社)
[テクニカル・マネージャー]加藤徹也(エソテリック株式会社)
[解説] 浅里公三、宇野功芳
[企画・販売]エソテリック株式会社
[企画・協力] 東京電化株式会社