■ウィーンの伝統と現代音楽への視座が共存
アルバン・ベルク四重奏団(ABQ)は、
20世紀後半から21世紀初頭の弦楽四重奏の潮流をリードした弦楽四重奏団です。
1970年、ウィーン国立音楽大学の教授でありウィーン・フィルの
コンサートマスターも務めたことのあるギュンター・ピヒラーが同僚と結成し、
ウィーンの音楽の伝統を尊重し、同時に現代音楽へのコミットメントを示す意味もあって、
アルバン・ベルクの未亡人ヘレーネから許諾を得て作曲者の名前を冠しました。
1971年にウィーンのコンツェルトハウスでデビュー。結成後、
シンシナティで当時新ウィーン楽派を得意としていたラサール弦楽四重奏団に師事するなど、
ウィーンの伝統に安住せず、同時代音楽への視座を忘れないのがABQのモットーでした。
■室内楽演奏の最上かつ理想的な姿
ABQは1974年にドイツのテレフンケンに録音を開始、
自分たちの名前でもあるベルクの作品をデビュー盤として、
その後もヴェーベルンやウィーンと所縁の深いスタンダード・レパートリーを録音し、
早くも現代性と古典性を兼ね備えた四重奏団であることを証明しました。
1978年にEMIに移籍していよいよ録音を本格化させ、
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集を皮切りに、
弦楽四重奏のスタンダードとなる名盤を次々と発表していきます。
また1978年と1981年に第2ヴァイオリンとヴィオラのメンバー交代があり、
1981年以降のピヒラー/シュルツ/カクシュカ/エルバンという体制がいわゆる黄金時代のABQで、
2005年にヴィオラのカクシュカが亡くなるまで約15年にわたって全盛期を維持することになります。
精密な合奏能力、明確なメリハリ、音楽を絶えず前進させる力強い推進力、
豊かな即興性、そして何よりも生き生きとした躍動感がABQの持ち味であり、
まさに室内楽演奏の最上かつ理想的な姿が具現化されていたのです。
■1回のライヴに賭けた鬼気迫るような気迫
ABQのEMI録音は当初スイスのゼオンにある、
響きの素晴らしい福音教会でのセッションで行なわれ大きな成果を挙げていましたが、
1987年を境に徐々にライヴ録音に移行するようになります。
「音楽というものはマイクに向かってするものではなく、
聴衆にメッセージを伝えるためにするものなのだ」という演奏家としてはある意味自然な姿勢が、
一発勝負のライヴでの録音制作へと舵を切らせたのでした。
これはABQのメンバーが、自分たちの彫琢した結果に大きな自信を抱いていたゆえのことであり、
ライヴであるにもかかわらず、不安を感じさせるところなどは皆無で、
彼らの持ち味である緻密かつ柔軟な表現力に加えて、
1回のライヴに賭けた鬼気迫るような気迫が、感じられます。
■ ウィーンの伝統と20世紀的な機能性の高い合奏法とを融合
当アルバムに収録された3曲は、
1988/89年シーズンと1989/90年シーズンにABQの本拠地の一つだった
ウィーンのコンツェルトハウス・モーツァルトザールで行なわれた演奏会のライヴ録音。
ベートーヴェンは1989年6月、5回の演奏会で開催された弦楽四重奏曲全曲演奏会からで、
《ラズモフスキー第3番》は第5夜(最終日)の最後の演目、《セリオーソ》は
第4夜の2曲目でした。この時はEMIがABQにとって
1978〜83年録音以来2度目となる全集録音を行ない、
それと並行してORF(オーストリア放送協会)が映像を収録しています。
ドヴォルザークはABQにとって待望の初録音となったもの。
ABQとベートーヴェンの親和性は彼らの中心的なレパートリーにしていたことから明白ですが、
ウィーンの伝統と20世紀的な機能性の高い合奏法とを融合させた
ABQならではの解釈が明確に実現しています。
一方のドヴォルザークは、広い意味でのハプスルブルク帝国の文化圏内にある
ボヘミア由来の音楽であり、その音楽語法もいわば自家薬籠中のもの。
発売当初から絶賛を受けた名盤です。
■
演奏の緊張感や個々の奏者の演奏の細かなニュアンスをとらえた録音
ライヴ録音が行われたウィーンのコンツェルトハウスは1913年に竣工し、
オープニングに際してはリヒャルト・シュトラウスが「祝典前奏曲」を初演し、
今ではムジークフェラインと並ぶウィーンの代表的なコンサートホールとなっています。
モーツァルトザールは704席の中ホールで、小編成のアンサンブルや室内楽のコンサート、
歌曲のリサイタルなどが行われます。ABQのライヴ録音は、
天井から吊るされた4本のマイクロフォンをメインにして収録されました。
演奏前後の拍手や曲間のオーディエンスノイズもほぼそのまま残されており、
ライヴならではの臨場感を残した音作りがなされています。
録音で聴く限り、適度な艶と響きは乗りつつも各楽器のサウンドがきちんとプロジェクトされるホールのようで、
会場を埋めた聴き巧者なオーディエンスの前で繰り広げられる演奏の緊張感や
個々の奏者の演奏の細かなニュアンスまでもがきっちりと捉えれています。
4つの弦楽器のバランスや左右のステレオ空間の中でも配置も理想的。
デジタル録音として発売されたため、本格的なリマスターは今回が初めてとなります。
今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、
使用するマスターの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業をおこないました。特にDSDマスタリングにあたっては、
新たに構築した「Esoteric Mastering」を使用。
入念に調整されたESOTERICの最高級機材Master Sound Discrete DACと
Master Sound Discrete Clockを投入。またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
■
『ABQのライヴの凄さを彷彿とさせる奇跡的名演』
– ベートーヴェン
「ベートーヴェンの全曲をライヴで録音するというのは、きわめて至難の業だが、
それをほとんど非の打ちどころのない完成度の高さでやり遂げた録音。
ライヴから生まれる凄まじい気迫、しかし一時たりとも硬さを感じさせない柔軟性や流動感、
即興性と溢れるような生命感など彼らのライヴの凄さを彷彿とさせる奇跡的名演だ。」
『レコード芸術別冊・現代の巨匠たち』1994年
「柔軟さを増し、ライヴ特有の高揚感を伴った2回目の全集にはスタジオ録音にはない魅力がある。
解釈そのものも変化し、より人間的な暖かみが加わってきたことも見逃せないだろう。
時折見せる人懐っこい表情からは、彼らの音楽がウィーンという土壌の上に育ったことを強く印象付ける。」
『クラシック名盤大全・室内楽曲』1999年
– ドヴォルザーク
「第1楽章冒頭、第1主題を提示するヴィオラをはじめ、
全員の心からの共感が感じられる歌心としなやかな表情、精妙なアンサンブルなど、
結成以来弦楽四重奏の新しい可能性を追求してきた
アルバン・ベルクならではの新鮮な魅力あふれる演奏である。」
『クラシック名盤大全・室内楽曲』1999年
「第1ヴァイオリンのピヒラーの歌いぶりには、
例によって蠱惑的と形容したくなる得も言われぬ美しい音色を駆使した、
ある意味でチェコの団体以上にノスタルジックな味わいが色濃く漂っている。
アンサンブルもいつもおように高度の緻密さを保ちつつ、より即興的で自在感に溢れており、
このあまりに人口に膾炙されすぎた作品から、驚くような表情を引き出している。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
■収録曲
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)
弦楽四重奏曲 第9番 ハ長調 作品59の3 《ラズモフスキー第3番》
1 第1楽章:Introduzione. Andante con moto - Allegro vivace
2 第2楽章:Andante con moto quasi Allegretto
3 第3楽章:Menuetto grazioso
4 第4楽章:Allegro molto
弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 作品95 《セリオーソ》
5 第1楽章:Allegro con brio
6 第2楽章:Allegretto ma non troppo
7 第3楽章:Allegro assai vivace, ma serioso
8 第4楽章:Larghetto espressivo - Allegretto agitato - Allegro
アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)
弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調 作品96 《アメリカ》
9 第1楽章:Allegro ma non troppo
10 第2楽章:Lento
11 第3楽章:Molto vivace
12 第4楽章:Finale. vivace ma non troppo
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)
[録音]
[ラズモフスキー第3番]1989年6月17日
[セリオーソ]1989年6月15日
[アメリカ]1989年10月20日〜23日
ウィーン、コンツェルトハウス、モーツァルトザールでのライヴ・レコーディング
[初出]
[ベートーヴェン]CDS 7 54592 2(1993年)
[ドヴォルザーク]CDC 7 54215 2(1991年)
[日本盤初出]
[ベートーヴェン]TOCE8184〜7(1993年2月24日)
[ドヴォルザーク]TOCE7472(1991年11月6日)
[レコーディング・プロデューサー]
ヨハン・ニコラウス・マッテス
[バランス・エンジニア]
ヒルマー・ケルプ、ヨハン・ニコラウス・マッテス
[Super Audio CDリマスタリング]
[Super Audio CDリマスター]2022年9月 エソテリック・オーディオルーム、「Esoteric Mastering」システム
[プロデューサー]大間知基彰(エソテリック株式会社)
[リマスタリング・エンジニア]東野真哉(エソテリック株式会社)
[テクニカル・マネージャー]加藤徹也(エソテリック株式会社)
[解説] 浅里公三、柴田龍一
[企画・販売]エソテリック株式会社
[企画・協力] 東京電化株式会社