■若きアバド充実の 1970年代を締めくくるプロコフィエフ・アルバム
イタリアの名指揮者クラウディオ・アバド( 1922ー 2014 )の録音は、
アナログ完成期からデジタル時代にかけて数多く残されており、
このシリーズでもたびたび取り上げ、ご好評をいただいています。
今回は、アバドが録音活動のごく初期から取り上げ、
高い評価を得ていたプロコフィエフの作品の中から 2 枚分のLPを 1 枚にカップリングして お届けします。
プロコフ ィエフの音楽の特徴は、大規模なオーケストラを効果的に響かせる
複雑なリズム・多彩なオーケストレーションで、それゆえに若手指揮者の試金石でもあります。
1963 年のミトロプーロス指揮者コンクー ル優勝、 1965 年のザルブルク音楽祭デビューなど、
破竹の勢いでその名声を世界に轟かせていたアバドも、 1966 年から開始されたデッカへの録音で、
すでに「ロメオとジュリエット」や「道化師」、交響曲第3番などを選んでおり、
同時期に録音されたアルゲリッチとのピアノ協奏曲第 3 番も未だに名演として記憶されています。
つまりアバ ドは、オーケ ストラの機能美を全開させ、
複雑なスコアを明解に解きほぐすことを得意とした自らの手腕とプロコフ ィエフ作品との相性の良さを、
早くから録音という形で提示してきていたのです。
■ショルティのもとで全盛期を迎えていたシカゴ響のヴィルトゥオジティが全開
アバドがシカゴ交響楽団に初客演したのは 1 971年のこと。
それ以来 1991年まで 20年にわたり共演が続きますが、
1977 年にシカゴ・オーケストラ・ホールで録音された「スキタイ組曲」と「キージェ中尉」は、
当時ショルティのも とで客演指揮者的な待遇にあった時期の共演で、
197 6 年のマーラーの交響曲第 2番「復活」
( ESSG 90141/42 に続く同響とのドイツ・グラモフォン録音第 2 弾となったものです。
1970 年代のシカゴ響は、ショルティの薫陶のもと、 1960 年代の低迷時代から脱し、
全米メジャー・オケの中でも最上位にランクされるほどの実力と人気を博し始めていました。
剛直な音楽作りを信条とするショルティでしたが、
自分とは全く個性の異なるイタリア人のジュリーニを首席客演指揮者に招き、
オーケストラの適応能力を高める配慮もできる 音楽家でした。
ジュリーニの後任的存在となったのが同じくイタリア人のアバドで、
シカゴ響の完璧無類かつ鉄壁のアンサンブルに柔軟性と明るさを加えたのです。
この 2 曲にもそうした傾向が反映されており、
下手をするとドライで味気なくなりがちなプロコフィエフの音楽にしなやかさと機敏さ、
そして明晰さをもたらしています。
映画音楽を原曲とする「キージェ中尉」に盛り込まれた ブラックなウィット、
「スキタイ組曲」の実に整理のいきとどいた、統御されたサウンドはアバドの指揮の賜物。
この大 曲 2曲を 1日のセッションで収録するというスピードも、
このコンビの相性の良さを物語るかのようです。
シカゴ響の本拠地であるオーケストラ・ホールは残響が少ないものの、
各パートの明晰さを追求したショルティとのデッカ録音とは異なり、
全体を俯瞰するようなドイツ・グラモフォンらしい音作りがなされているのは、
エンジニアのクラウス・ヒーマンの功績。
1970 年代からジュリーニやバレンボイムの指揮で
録音を重ねてきた経験の蓄積もプラスに働いて いるのでしょう。
「キージェ中 尉」での冒頭と最後に出るトランペット・ソロを担っているのは、
50年以上にわた って シカゴ響の首席奏者をつとめた
名手アドルフ・ハーセス( 1921ー2013 、在任1948ー2001 )全盛期の姿。
オフステージで演奏するように指示があるトランペット・ソロの「遠さ」の空気感も巧みにとらえられています。
■プレヴィンから受け継いだロンドン響との蜜月を刻印したスケールの大きな合唱曲
アバドは 1979 年、プレヴィンの後任としてロンドン交響楽団の首席指揮者に就任し、
楽団員と良好な関係を築き上げ、オーケストラのモチベーションを向上させ、
1983 年には同楽団初の音楽監督となり、 1 987 年までその任にありました。
ロンドン響とはそれ以前に、ア バドの指揮 活動の最初期である 1966 年から客演関係が始まっており、
エジンバ ラ音楽祭でのオペラ上演も含む数多くの演奏会で共演し、
並行して 録音も活発に行われていたので、いわば旧知の仲でした。
「アレクサ ンドル・ネフスキー」は、アバドが首席指揮者に正式に就任する直前の録音で、
1979年 6月 9日と 10日に開催されたクロイドンとロンドンでの 2回の演奏会と並行して、
キングスウェイ・ホールと並ぶロンドン 近郊の名録音会場、ワトフォード・タウン・ホールでのセッションで収録されました。
そうした時期もあって、新たなアバド時代の到来を宣言するかのような充実感が横溢しています
(アバドは同響退任直前の 1987年 11月にもこの曲を取り上げています)。
この曲はプロコフィエフが、 ソ連の映画監督セルゲイ・エイゼンシュテイン( 1898ー1948 )の
同名の映画のために書いた音楽から 7 曲を選んで合唱、
メッゾ・ソプラノとオ ーケストラのためのオラトリオとしてまとめたもので、
敵である非情なドイツ軍、ヴィヴィッドな戦闘シーン、戦争の悲哀への嘆き、
勝利の歓喜などが巧みなオーケストレーションで活写さ れています。
アバドはスコアを精緻に音化することで、そうした情景を鮮やかに描き出し、
プロコフィエフのオーケストラ書法の冴えを明らかにしています。
録音も演奏の特徴を余すところなく捉えており、量感のある分厚いオーケストラの響き、
それと拮抗する合唱も極めてスケール雄大に収録されています。
1曲だけ登場するメッゾ・ソプラノ(ソ連の名歌手エレーナ・オブラスツォヴァ)もやや左にくっきりと定位し、
重々しいオーケストラと一体になって戦禍の哀切を訴えかけています。
■ドイツ・グラモフォン・アナログ完成期の名録音
2 曲ともアナログ完成期の名盤であり、 CD化も早くに実現。
1993 年には「オリジナル・イメージ・ビット・プロセッシング」方式でのリマスターがなされていますが、
Super Audio CD ハイブリッド化は今回が初めて。
今回の Super Audio CD ハイブリ ッド化に当たっては、これまで同様、使用するマスター の選定から、
最終的な DSD マスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業をおこないました。
特に DSD マスタリングにあたっては、新たに構築した「 Esoteric Mastering 」を使用。
入念に調整された ESOTERIC の最高級機材
Master Sound Discr ete DAC と Master Sound Discrete Clock を投入。
また MEXCEL ケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・ マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することができました。
■『易々と、軽々と、プロコフィエフ独特の洗練された音楽が湧き出てくる』
◎アレクサンドル・ネフスキー
「数こそ多くはないものの、レコードで聴くアバドのプロコフィエフはどれも充実した内容を誇っている。
恐らく、プ ロコフィエフのオーケストレーションがもつ近代的な側面と、
アバドの棒が示すクレヴァーな要素とがうまくマッチするせいなのだろう。
この曲も、アプローチのしかたひとつではかなりおどろおどろしいものともなりかねないのだが、
アバドはすっきりとした流動感を基調として、新鮮にまとめあげており、見事だ。しかも、ドラマティックな要素も不足ない。」
(『クラシック・レコードブック VOL. 5 オペラ・声楽曲編』、 1985年)
「プロコフィエフが作曲した曲の多くは、指揮者、オーケストラ、
それぞれの音楽性の「リトマス試験紙」的役割を果たす役割を持っている。
アバドとLSOの演奏は、プロコフィエフの音楽をドライでも無機質でもない形で表現し、
さらに弱音と強音の対比の妙、あるいは微妙なリズムの面白さを遺憾なく発揮している。
いずれもバランスのとれた 構成で、表現力豊か。演奏陣の冴えた音楽性がシャープに反映している演奏内容である。」
(『最新版・クラシック不滅の名盤 1000 』、 2018年)
◎スキタイ組曲・キージェ中尉
「オーケストラの交通整理が行き届いている。明るい色彩感が好まれていて、その点で近代性をも感じさせる。
そ こにはエネルギッシュな熱気があり、歌わせる姿勢 もあればドラマ性もある。
そういうことでこの指揮者の器用さがうかがえる。ただそれは表面的に器用なだけにとどまっていないので、
作品の本質に迫るものも作っている。どの小品をとってもそういうことがいえる。
リズムの切れ味がよく、アクセントも明瞭である。」
(『クラシック・レコードブック VOL.2 管弦楽曲編』、 1985年)
「軽くて、ちょっと乾いた、モダニズムであるプロコフィエフの面目躍如とした音楽に相応しい演奏だ。
それなのに 何かわくわくさせるような気分がある。この曲はきっとアバドの性分にあっているのだろう。
易々と、 軽々と、プロコ フィエフ独特の洗練された音楽が湧き出てきて、それが自然だ。」
(『クラシック名盤大全・管弦楽曲編』、 1998 年)
■収録曲
セルゲイ・プロコフィエフ Sergei Prokofiev
《アレクサンドル・ネフスキー》 作品 78
»Alexander Nevsky « Op. 78
1. 第 1 曲 : モンゴルの圧政下のロシア 1. Russia under the Mongol Yoke
2. 第 2 曲 : アレクサンドル・ネフスキーの歌 2. Song about Alexander Nevsky
3. 第 3 曲 : プスコフの十字軍 3. The Crusaders in Pskov
4. 第 4 曲 : 立ち上がれ、ロシアの人々よ 4. Arise, ye Russian People
5. 第 5 曲 : 氷上の戦い 5. The Battle on the Ice
6. 第 6 曲 : 死の原野 6. The Field of the Dead
7. 第 7 曲 : アレクサンドルのプスコフ入城 7. Alexander's Entry into Pskov
[演奏]
エレーナ・オブラスツォワ(メッゾ・ソプラノ) Elena Obraztsova, Mezzo Soprano
ロンドン交響合唱団 London Symphony Chorus
ロンドン交響楽団London Symphony Orchestra
スキタイ組曲《アラとロリー》 作品 20
» Ala and Lolly « Op. 20 Scythian Suite for large orchestra
8. 第 1 曲 : ヴェレスとアラの崇拝 1. The Adoration of Veless and Ala
9. 第 2 曲 : 邪教の神、そして悪の精の踊り 2. The Enemy God and t he Dance of the Spirits of Darkness
10. 第 3 曲 : 夜 3. Night
11. 第 4 曲 : ロリーの輝かしい出発と日の出 4. The Glorious Departure of Lolly and the Sun's Procession
交響組曲《キージェ中尉》 作品 60
» Lieutenant Kij é« Op.60 Symphonic Suite
12. 第 1 曲 : キージェの誕生 1. Kij é 's Birth
13. 第 2 曲 : ロマンス 2. Romance
14. 第 3 曲 : キージェの結婚 3. Kij é 's Wedding
15. 第 4 曲 : トロイカ 4. Troika
16. 第 5 曲 : キージェの葬送 5. Kij é 's Burial
[演奏]
アドルフ・ハーセス(ソロ・トランペット) 作品 60] Adolph Herseth, Solo Trumpet (Op. 60)
シカゴ交響楽団 Chicago Symphony Orchestra
指揮:クラウディオ・アバド Conducted by Claudio Abbado
[録音] [アレクサンドル・ネフスキー] 1979 年 6月 8日〜 15日、ロンドン、ワトフォード・タウン・ホール
[スキタイ組曲・キージェ中尉] 1977年 2月 22日、シカゴ、オーケストラ・ホール
[初出] [アレクサンドル・ネフスキー] 2531 202 (1980 年 6月
[スキタイ組曲・キージェ中尉] 2530 967 1978 年 11月)
[日本盤初出] [アレクサンドル・ネフスキー] MG1251 (1980 年 7月 1日
[スキタイ組曲・キージェ中尉] MG1171 (1978 年 12 月 21日
[オリジナル・レコーディング]
[プロデューサー] ライナー・ブロック
[レコーディン グ・エンジニア] クラウス・ヒーマン
[ Super Audio CD プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック株式会社)
[ Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 東野真哉(エソテリック株式会社)
[ テクニカルマネージャー 加藤徹也(エソテリック株式会社)
[解説] 諸石幸生 増田良介
[企画・販売] エソテリック株式会社
[企画・協力] 東京電化株式会社