■アバドとベルリン・フィルのレパートリーの広さを実感させる3曲
1990年、ヘルベルト・フォン・カラヤンの後を継いで
ベルリン・フィルの芸術監督となったクラウディオ・アバド(1933-2014)。
アバドは惜しくも2014年1月20日、80歳で亡くなりましたが、
2002年までの12年間にわたる在任期間中に、ベルリン・フィルを、
カラヤン時代にはなかった透明感のあるサウンドを持ち、
バロックから同時代作品にいたる多様な音楽に柔軟に対応できる
機能的なアンサンブルへと鮮やかに脱皮させました。
ドイツ・グラモフォンとソニー・クラシカルに残されたこのコンビによる数多くのレコーディングは、
いずれも20世紀末のオーケストラ芸術の精髄ともいうべき高い水準を誇っており、
すでにこのシリーズでも1995年と1997年のジルヴェスター・コンサートでのライヴ、
ブラームスの交響曲全集などを発売してきましたが、
今回はアバドがベルリン・フィル芸術監督就任前の1987年に録音したヤナーチェク、
就任後の1995年に録音したヒンデミット2曲という、
20世紀が生んだ最高峰のオーケストラ曲の魅力を堪能させてくれる名演を
世界で初めてSuper Audio CDハイブリッド化いたします。
■金管の多様な響き 〜 ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」
チェコの作曲家ヤナーチェク晩年の作でその代表作でもある「シンフォニエッタ」は、
アバドが早くから得意としていたレパートリーで、
キャリアのごく初期に1968年にロンドン交響楽団とデッカに録音しています。
冒頭の金管楽器とティンパニによる極めて印象的なファンファーレは全曲を統一する重要なモチーフで、
作曲者が野外コンサートで聴いた吹奏楽にインスピレーションを得たとされていますが、
ここでの正確なイントネーションと完璧なバランスは、ベルリン・フィルの金管セクションならではといえるでしょう。
「シンフォニエッタ=小さな交響曲」というタイトルとは裏腹に
通常の交響曲形式とはかけ離れたきわめて独創的な、起伏あふれる構成は、
ヤナーチェクの真骨頂と言えるものですが、アバドはきわめて洗練された筆致でその魅力を描き出していきます。
カラヤン時代最後期の録音ですが、完璧に統御されたスリムなサウンドは、
アバド時代の到来を予知するものといえるでしょう。
■フルトヴェングラーとカラヤンを魅了したヒンデミットの最高傑作「画家マティス」
20世紀ドイツを代表するヒンデミットの代表作「画家マティス」と「ウェーバーの主題による交響的変容」は、
もともと1995年のヒンデミット生誕100年を記念して録音・発売されたアルバムに収録されていたものです。
ヒンデミットは、指揮者およびヴァイオリンおよびヴィオラ奏者としてオーケストラ奏法の表裏を知り尽くし、
そのオーケストレーションには極めて多彩な創意工夫が組み込まれています。
特に交響曲「画家マティス」は16世紀のドイツの画家
マティアス・グリューネヴァルト(マティス・ゴートハルト・ナイトハルト)を主人公とした
同名のオペラと並行して書かれたもので、
1934年にフルトヴェングラーとベルリン・フィルによって初演されたこともあり、
ベルリン・フィルにとっては重要なレパートリーといえます。
カラヤンもベルリン・フィル就任直後の1957年に録音を残しているほどです。
アバドの録音は、ベルリン・フィル首席指揮者として三代連続の録音となり、
ヒンデミットとオーケストラの縁の深さを刻み込んでいます。
ホルンが4本、トロンボーンが3本使われているほかは通常の2管編成で書かれていますが、
そこからヒンデミットが引き出す響きは極めて多彩かつ多様で、
それをベルリン・フィルの重厚な響きで堪能できるのがこのアバド盤といえましょう。
■玉手箱のような「交響的変容」
第2次大戦中に亡命先のアメリカで書かれた「ウェーバーの主題による交響的変容」は、
ウェーバーのピアノ連弾曲と劇付随音楽「トゥーランドット」序曲から採られた主題を
3管編成のオーケストラを使って展開(変容=メタモルフォーゼ)させていくウィットに富んだ作品。
ウェーバーの中でも全く知られていない作品を選んで、
それらを色彩感豊かなオーケストラ曲に仕立て上げる手腕は練達の極みで、
ちょっと多彩な響きの玉手箱のようなところがあります。
特に第2楽章で「トゥーラントッド」から採られた中国風のエキゾティックな主題が、
ジャズっぽいリズム感も含むオーケストラのさまざまなソロやパートに受け継がれていくあたりは、
ベルリン・フィルのアンサンブルの強靭さに息をのむ思いがするほどです。
■最高の状態での
Super Audio CD
ハイブリッド化が実現
このディスクで興味深いのはベルリンの2つの録音会場の響きを聴き比べることができることでしょう。
ヤナーチェクは1950年代初頭から1972年までベルリン・フィルの録音がほぼ独占的に行なわれていた、
ベルリン郊外のダーレム地区にあるイエス・キリスト教会で収録されており、
その美しい響きの中で、カラヤンの頃よりも残響感が少なく各声部がより明晰に捉えられています。
一方ヒンデミットは、本拠地フィルハーモニーの広大な空間の中で近めのマイクセッティングにより、
厚みのある弦楽セクションのどっしりとしたピラミッド型のサウンドの土台の上で、
木管と金管が鮮明な存在感をもって聴こえるようにミックスされています。
カラヤン時代の暗めのサウンドに代わって、のびやかで明朗な趣があるのはアバド時代ならではと言えるでしょう。
もともとが優秀なデジタル録音であり発売以来特にリマスターが施されたことはなかったため、
今回は初めてのDSDリマスタリングとなります。
今回のSuper Audio CDハイブリッド化に当たっては、これまで同様、
使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業が行われています。
特にDSDマスタリングにあたっては、DAコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、
入念に調整されたESOTERICの最高級機材を投入、またMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。
ヤナーチェク:シンフォニエッタ
「オーケストラの音色的な特質も表現そのものも、極めて情熱的で華やかに引き出されており、強烈である。
ただイディオマティックな面からみれば、洗練に過ぎると言えるかもしれない。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
ヒンデミット:画家マティス
「15世紀から16世紀にかけて活躍した教会画家マティアス・グリューネヴァルトの
数奇なる生涯に触発されたヒンデミットが、円熟期の1934年に完成、
フルトヴェングラーの指揮で初演された交響曲。
それはナチスとの鮮明な対立関係をもたらし、両者の立場を危険にしたことは広く知られている。
ヒンデミットは〈天使の合奏〉〈埋葬〉〈聖アントニウスの試練〉という
3枚の祭壇画をテーマにした交響曲としているが、
もともとオペラの構想があっただけに作品は大胆な語り口で進められ、
与えられる感銘も演劇的といいたい起伏と興奮がある。
アバドの指揮も終始一貫、熱いテンションがあり、
どこか宗教的儀式に立ち会うかのような感銘すら与えられる。」
『クラシック不滅の名盤1000』2007年
■収録曲
レオシュ・ヤナーチェク
シンフォニエッタ
1:第1楽章 アレグレット
2:第2楽章 アンダンテ
3:第3楽章 モデラート
4:第4楽章 アングレット
5:第5楽章 アンダンテ・コン・モート 〜 アレグレット
[録音]1987年12月、ベルリン、イエス・キリスト教会
[初出]427313 2(1989年、カップリングは「消えた男の日記」)
[日本盤初出]F00G20341(1989年4月25日、カップリングは「消えた男の日記」)
[エクゼクティヴ・プロデューサー]ギュンター・ブレースト
[プロデューサー]クリストファー・オールダー
[バランス・エンジニア]クラウス・ヒーマン
パウル・ヒンデミット
ウェーバーの主題による交響的変容
6:第1楽章 アレグロ
7:第2楽章 「トゥーランドット」 スケルツォ、モデラート
8:第3楽章 アンダンティーノ
9:第4楽章 行進曲
交響曲《画家マティス》
10:第1楽章 天使の合奏
11:第2楽章 埋葬
12:第3楽章 聖アントニウスの誘惑
[録音]1995年2月、ベルリン、フィルハーモニー
[初出]447389 2(1995年、カップリングは組曲「気高き幻想」)
[日本盤初出]POCG1918(1995年9月25日、カップリングは組曲「気高き幻想」)
[エクゼクティヴ・プロデューサー]クリストファー・オールダー
[プロデューサー]アレント・プローマン
[レコーディング・エンジニア]ゲルノート・フォン・シュルツェンドルフ、
ウルリヒ・フェッテ、クラウス・ベーレンス、ラインハルト・ラーゲマン、ユルゲン・ブルクリン
[Super Audio CDプロデューサー]大間知基彰(エソテリック株式会社)
[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア] 東野真哉(JVCマスタリングセンター(代官山スタジオ))
[Super Audio CDオーサリング]藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説]諸石幸生 寺西基之
[企画・販売]エソテリック株式会社
[企画・協力]東京電化株式会社