■アバド巨匠時代の到来
惜しくも 2014 年 1月 20日、 80 歳で亡くなった
イタリアの名指揮者 クラウディオ・アバド( 1933 - 2014 )。
興味深いことにアバドの活動はほぼ 10 年単位で区切られています。
例えば 1970 年代はミラノ・スカラ座とのオペラ上演で 、
1980年代前半はロンドン交響楽団とのコンサート活動でそれぞれ一時代を築き、
1980年代後半にはウィーン国立歌劇場音楽監督として、 ウィーンという街とのきずなを深め、
1990年代のベルリン・フィル時代へとつながります。
その中で、 1980 年代は、
50歳台をむかえたアバドがちょうど巨匠指揮者として大きく開花する時期で、
録音面で もウィーン・フィルとのベートーヴェン交響曲全集、
ヨーロッパ室内管とのシューベルト交響曲全集、シカゴ響とのチャイコフスキー交響曲全集を実現させ、
オペラの全曲盤を複数制作するなど、その音楽作りの破格の充実ぶりが
多数のディスクに刻み込まれています。
■ウィーン・フィルとの貴重なハンガリー舞曲集全曲
アバドのそうした「充実の80年代」の到来を高らかに告げたア ルバムの一つが、
この 1982 年にウィーン・フィルと録音されたブラームスのハンガリー舞曲集(全曲)といえるでしょう。
これは もともと 1983 年のブラームスの生誕 150年を記念して、
ブラームス所縁のハンブルクに本社を置くドイツ・グラモフォンが威信をかけて企画した
「ブラームス大全集」の 1枚として発売されたもので、
同全集中のシノーポリ / チェコ・フィルの オーケストラ付 き声楽曲集、ツィメルマンのピアノ・ソナタ全集、
イェーナ / 北ドイツ放送合唱団による無伴奏合唱曲全集などと並ぶ新録音として
同全集に投入される目玉のアルバムでもありました。
長い歴史を誇るドイツ・グラモフォンにとってもオーケストラによるハンガリー舞曲全曲録音は
このアバド盤が初めてであり、またウィーン・フィルにとっても同曲集を全曲録音するのは
この時が初めてで(そして現在にいたるまで同フィル唯一の全曲盤)、
二重の意味で貴重 な録音でもありました。
■LP
時代から定評があったアバドのブラームス
アバドによ るブラームス録音は、これ以前のアナログLP時代に、
4 つのオーケストラを振り分けたブラームスの交響曲全集および
管弦楽曲集(=ドイツ・グラモフォン創立 75周年企画でもありました)があり、
堅固な形式感を持ち、若々しい覇気と歌心に満ちた演奏が高く評価されていましたし、
デッカにはニュー・フィル ハーモニア管を振った秘曲「リナルド」と「運命の歌」もあり、
ブラームスの音楽との相性の良さは証明済みでもありました
(この後のベルリン・フィル時代に完成させた交響曲全集は当シリーズで 2018年 12月に発売済み)。
このハンガリー舞曲集は、そう したブラームスとの親和性をさらに強く感じさせる演奏であり、
急激なテンポの変化や特定のフレーズの強調といったような、
民族主義的・ジプシー的な変化球的要素をあまり持ち込まず、
むしろストレートで純音楽的かつシンフォニックなアプローチを行なっているところが目(耳)を惹きます。
オーケストレーションは、ブラームスも含め計 7名の編曲者によっていますが、
それぞれの差異を際立たせるのではなく、
むしろ平均化したアプローチによって全体としての統一感を出しているのもこの演奏の特徴といえるでしょう。
そしてそのアバドの音のキャ ンバスを豊かに彩っているのがウィーン・フィルの濃密なサウンドで、
特にオーボエやクラリネットのチャーミングな木管の個性的な響きが印象に残ります。
このハンガリー舞曲集がアバドのドイツ・グラモフォン録音の中で特異な位置を占めているのは、
卓越 した演奏であるということのほかに、
1950年代後半から英デッカがウィーン・フィルの録音にほぼ独占的に使用してきた
ゾフィエンザールで収録されていることが挙げられるでしょう。
しかも(例えばバーンスタインの CBSへの「ファルスタッフ」や「ばらの騎士」のように)録音自体を
デッカのスタッフに任せるのではなく、録音に当たってはアバドの盟友だったプロデューサーの
ライナー・ブロックが率いるドイツ・ グラモフォンのチームがゾフィエンザールに乗り込んでいることでしょう
(グラモフォンによるゾフィエンザール録音は、
1983 年 2 月のマゼール指揮の「ツァラトゥストラはかく語りき」「マクベス」があるくらいで、 極めてまれ)。
残響の多いムジークフェラインザールと違って、木質で温かみがありながらも明晰な響きで収録できる
ゾフィエンザールの特性を生かしつつ、デッカほどには各声部をクローズアップすることなく
オーケストラ全体の響きに溶け込ませているのは、グラモフォンの名エンジニア、
クラウス・ヒーマンならではのサウンド志向を貫いたものと申せましょう。
それによってアバドの引き締まったスリムな音作りの魅力が生かされる形になっています。
もともとが優秀なデジタル録音であり、リマスターは 2005 年に 一度OIB 化されたのみであったため、
今回は初めての DSD リマスタリングとなります。
今回の Super Audio CD ハイブリッド化に当たっては、これまで同様、
使用するマスターテープの選定から、最終的な DSD マスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業が行われています。
特に DSD マスタリングにあたっては、 DA コンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、
入念に調整された ESOTERICの最高級機材を投入、
また MEXCEL ケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました 。
「ハンガリー・ジプシーの土臭さとは無縁のシンフォニックな演奏である。
ほとんどの曲がブラームス以外の編曲なのにもかかわらず、
アバドはあたかも交響曲の総譜を扱うような態度で正確に音化しているが、
歌わせ方が自然なせいか、窮屈な感じは与えない。ウィーン・フィルが、
やや速めなアバドのテンポ制定の中で多彩なニュアンスを付けているのも見逃せない。」
(『クラシック・レコード・ブック VOL.2 管弦楽曲編』、 1980 年)
「ブラームス自身によるピアノ連弾からの編曲のほか、
計 7人の手になるオーケストレーションによって 全曲を演奏している。
アバドはこれらのスタイルの差を恐らく意識的に狭めて全体の 統一を図っている。
比較的誇張のないテンポ、巧妙なオーケストラの扱いと音楽面でも一貫したアプローチ、
ウィーン・フィルの艶やかな響きと生気に満ちた表現が 21 曲に統一された美しさを与えている。」
(『クラシック CD カタログ 89 』、 1989 年)
「アバドは効果目当てにテンポを派手に動かすことこそしないが、
巧みな歌い口でこの親しみやすい曲集を存分に盛り上げており、
美しさと厚みを兼ね備えたウィーン・フィルのサウンドも魅力的だ。
編曲 譜の差異を際立たせるのではなく、全曲に統一性を見出そうとしていた点も新鮮であった。」
( 『クラシック不滅の名盤 1000 』、 2007 年)
「 50 歳直前のアバドがウィーン・フィルと録音したこの全曲は、
どの曲の洗練された演奏である。彼の 現代的な感性で再度洗い直した新鮮さがこの演奏の魅力といえるだろう。
ローカルな感触はなく、どの 曲も都会的でスマートに進んでいく。
むろんアバドの音楽的抑揚やテンポのメリハリある緩急の切り替えなどはどれも徹底しているが、
一世代前の大指揮者が行ったような部分的デフォルメや極端なアゴーギクはここにはない。
スコアに書かれた指示を忠実に守り、
原典主義ともいえるようなストイックな中にこの曲の純粋な生命感を作り出している。
このアバドの解釈に対するウィーン・フィルの鋭い反応も見事で、鮮やかなアンサンブルだ。」
(最新版 クラシック名盤大全 交響曲・管弦楽曲編(上) 2015 年)
「戻りたいスタンダード、とう存在感を持つ盤。
ブラームス本人による編曲を含め、
ドヴォルザークや パーロウ、ガルなどによるオーソドックスな編曲で
21曲全部を録音してくれたことももちろん、何しろ演奏が上質。
オーケストラの響きだけで楽しめるが、民族舞曲風に寄せすぎず、
しかし巧みな語り口で 「演出」してゆく絶妙な中庸が全曲を飽かさず聴かせるあたり、
アバドのすごさをしみじみ感じる。」
(『最新版クラシック不滅の名盤 1000 』、 2018 年)
■収録曲
ヨハネス・ブラームス (1833 - 1897)
ハンガリー舞曲集
[ 1 ] 第 1 番 ト短調 アレグロ・モルト
[ 2 ] 第 2 番 ニ短調 アレグロ・ノン・アッサイーヴィヴァーチェ
[ 3 ] 第 3 番 へ長調 アレグレット
[ 4 ] 第 4 番 嬰へ短調 ポコ・ソステヌートーヴィヴァーチェ
[ 5 ] 第 5 番 ト短調 アレグローヴィヴァーチェ
[ 6 ] 第 6 番 ニ長調 ヴィヴァーチェ
[ 7 ] 第 7 番 へ長調 アレグレットーヴィーヴォ
[ 8 ] 第 8 番 イ短調 プレスト
[ 9 ] 第 9 番 ホ短調 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
[ 10 ] 第 10 番 へ長調 プレスト
[ 11 ] 第 11 番 ニ短調 アンダンティーノ・グラツィオーソーヴィヴァーチェ
[ 12 ] 第 12 番 ニ短調 プレスト
[ 13 ] 第 13 番 ニ長調 アンダンティーノ・グラツィオーソーヴィヴァーチェ
[ 14 ] 第 14 番 ニ短調 ウン・ポコ・アンダンテ
[ 15 ] 第 15 番 変ロ長調 アレグレット・グラツィオーソ
[ 16 ] 第 16 番 へ長調 コン・モート
[ 17 ] 第 17 番 嬰へ短調 アンダンティーノーヴィヴァーチェ
[ 18 ] 第 18 番 ニ長調 モルト・ヴィヴァーチェ
[ 19 ] 第 19 番 ロ短調 アレグレット
[ 20 ] 第 20 番 ホ短調 ポコ・アレグレットーヴィヴァーチェ
[ 21 ] 第 21 番 ホ短調 ヴィヴァーチェ
オーケストラ編曲:ヨハネス・ブラームス(第 1 番、第 3 番、第 10 番)、
ヨハン・アンドレアス・ハレン(第 2 番)、
パウル・ユオン(第 4 番)、
マルティン・シュメリング(第 5 番〜第 7 番)、
ハンス・ガル(第 8 番、第 9 番)、
アルバート・パーロウ(第 11 番〜第 16 番)、
アントニン・ドヴォルザーク(第 17 番〜 21 番)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
[録音] 1982 年 4 月 5 日、 6 月 1 日 〜 2 日 、
ウィーン、ゾフィエンザール
[初出] 2560100(1983 年 )
[日本盤初出] ブラームス大全集 - 1 /交響曲・管弦楽曲の 1 枚として:
00MG0505 〜 11(7 枚組 ) (1983 年 6 月 25 日 )
単独: 28MG0573 (1983 年 9 月 1 日 )
[オリジナル・レコーディング]
[レコーディング・プロデューサー]ライナー・ブロック
[バランス・エンジニア]クラウス・ヒーマン
[エディティング・エンジニア]クリストファー・オールダー
[ Super Audio CD プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック株式会社)
[ Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 杉本一家
( JVC マスタリングセンター ( 代官山スタジオ ) )
[ Super Audio CD オーサリング] 藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説] 諸石幸生 小石忠男
[企画・販売] エソテリック株式会社
[企画・協力] 東京電化株式会社