■グルダのモーツァルト
ウィーン出身の名ピアニス ト、フリードリヒ・グルダ( 1930 - 2000 )は、
1946 年のジュネーヴ国際コンクールで優勝し、
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンを中心とする
独墺音楽の解釈で並ぶもののないピ アニストであると同時に、
ジャズ演奏のみならず、ジャズやオーストリア文化のイディオムを取り入れた
独自の作曲作品でも知られた存在でした。
多彩な活動を続けたグルダにとって、モーツァルトは重要な作曲家であり、
生涯にわたってその作品を演奏し続けました。
特に即興的とも思えるような装飾音の付加は、
モーツァルトという作曲家のイメージに
自由さと拡がりを与えることに貢献しました。
モーツァル トの録音については非常に慎重で、
協奏曲に関しては、モノラル時代から録音しており、
第 14 ・ 17 ・ 20 ・ 21 ・ 23 ・ 25 ・ 26 ・ 27 番の 8 曲が正規録音で残され、
第
24
番も放送録音からCD化されています
。
■アバド
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ウィーン・フィルとのモーツァルト
グルダがウィーン・フィルと初めて共演したのは 1953 年 12 月のことで、
クレメンス・クラウスの指揮によ るモーツァルトのピアノ協奏曲第 24 番でした。
それ以来 1991 年まで 37 回の共演歴がありますが、
その多くを占めているのはモーツァルト のピアノ協奏曲でした。
アバドとの初共演は
1968 年 1 月のザルツ ブルク・モーツァルト週間でのことで、
演目はやはりモーツァルトのピアノ協奏曲第 21 番。
アバド / ウィー ン・フィルとはその後
1970 年 8 月のザルツブルク音楽祭(第 20 番)、
1973 年 6 月の定期とウィーン芸 術週間(第 20 番)、
1974 年 8 月のザルツブルク音楽祭(第 27 番)、
1975 年 5 月の定期およびウィーン 芸術週間(第 27 番)と共演を重ね、
それらと並行するようにして 1974 年 9 月に第 20 ・ 21 番、
翌 1975 年 5 月に第 25 ・ 27 番の計 4曲をドイツ・グラモフ ォンに録音しています 。
■オーソドックスの極み
シュタインと共演したベートーヴェン全集でもそうでしたが、
このウィーン・フィルとの共演になるモー ツァルトでも、
グルダの解釈は文字通りオーソドックスの極みです。
第 21 番に関してはこのほぼ十年前に
ハンス・スワロフスキー(ウィーン音楽院でのアバドの師)指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団とのコン サート・ホール盤がありますが、
オーケストラ・パートに「通奏低音」風に忍び込み、
オーセンティックとはとてもいえない奇矯な(ジャズ風な?)装飾で
ソロ・パートを彩った遊び心たっぷり、
やりたい放題の 解釈を聴かせていたのに対し、
ここではカデンツァは自作(これも簡潔かつセンスのよいもの)を弾いているものの、
アドリブ風の装飾も最小限にとどめ、
シリアスかつ真摯にモーツァルトの作品の深奥に迫っています。
第 20 番もベートーヴェンを思わせるような峻厳さと立体的な響きがまず耳に入ります。
そうはいってももちろん堅苦しさとは無縁であり、
グルダならではの歌心溢れるリリシズムは健在で、
20 世紀後半を代表するモーツァルト解釈として発売以来、
カタログから消えたことがない名盤として聴き継がれています。
アバドが指揮するウィ ーン・フィルも、
ピリオドスタイルなどとは無縁の、
20 世紀後半のスタンダードたる血の通った美しい響きで
グルダのソロと協調しています 。
レコーディングはウィーンのムジークフェラインザールで行われました。
ドイツ・グラモフォンがウィー ン・フィルとの録音を本格化させるのは
1970 年代のベーム指揮の一連の録音からですが、
このグルダ の頃にはムジークフェラインでの録音も常態化していて、
グルダの肉厚のピアノを中心に大き目の音像でオーケストラがその周囲を取り囲む音作りも、
オーソドックスかつシリアスな演奏には相応しいもの。
エンジニアはヴェテランのギュンター・ヘルマンスが担っています。
これほどの名盤ゆえにデジタルの 初期からCD化され、
DG Originals で Original Image Bit Processing でのハイビット・リマスタリングが行なわれていますが、
今回はそれ以来の、そして初めての DSD リマスタリングとなります。
今回の Super Audio CD ハイブリッド化に当たっては、これまで同様、
使用するマスターテープの選定から、最終的な DSD マスタリングの行程に至るまで、
妥協を排した作業が行われています。
特に DSD マスタリングに あたっては、
DA コンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、
入念に調整された ESOTERIC の 最高級機材を投入、
また MEXCEL ケーブルを惜しげもなく使用することで、
オリジナル・マ スターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました 。
「グルダの演奏は、アバドとウィーン・フィルのバックだけに、オーケストラ伴奏が大変充実している。
木管がすこぶる重要な意義を持つモーツァルト の後期のピアノ協奏曲では、
ウィーン・フィルをバック に起用したことが大きくプラスに作用している。
グルダの演奏は「第 20 番」も尻上がりに好調だが、「第 21 番」では、
ますますその天衣無縫ぶりを発揮しているし、アバドも流麗な伴奏を付けている。」
(推薦盤、『レコード芸術』 1976 年 4 月号)
「モーツァルトの、しかも円熟の頂点に書かれたこれらの協奏曲から、
作曲者晩年の恐ろしげな美しささえ弾き出しておきながら、一方でジャズに凝り、
クロスオーバー風の作品を書いたりするグルダ。それ にしてもこの 2 曲、
ニ短調とハ長調という調性の違いからくる楽想の内的変化をこれまで見事に表現しうるとは。」
(『クラシック・レコード・ブック 1000 VOL3 協奏曲編』、 1986 年)
「ここでのグルダは、これまでにないほど克明で揺るぎない表現によってしなやかに構築しており、
その演奏にいかにも充実したスケールを加えている。しかも晴朗な喜びを湛えた演奏は、
あくまでも克明に磨かれ、きわめて多彩な変化とグルダならではの閃きに富んでいる。
そうしたソロをアバドとウィーン・ フィルがこれまた強く引き締まった感覚でくっきりと受け止め、
しなやかかつ強靭で、精妙なニュアンス と陰翳の深い演奏によって、
作品の魅力を余さず明らかにしている。」
(『 ONTOMO MOOK クラシック名盤大全 協奏曲編』、 1998 年)
「グルダが「本当に満足できる録音」として挙げているだけあって、
この 2 曲を含むアバドと共演した 4 つの協奏曲はどれもたいへんにすばらしい。
アバドの指揮と共感豊かな演奏を展開し、それぞれの多様な魅力をすこぶる明快に表現している。」
(『クラシック不滅の名盤 800 』、 1997 年)
「グルダのモーツァルトでは、線の太い、たくましい音楽性が貫かれ、
その延長線上にはつらつとした音の戯れ、底力のあるドラマ、
意外性ある発想などさまざまなものが揺るぎない力強さで描かれてゆく。
モーツァルトの後期のピアノ協奏曲は器自体が極めて大きく、かつ深いものなので、
グルダの意図がより明快に出ていると言えるだろう。」
(『クラシック不滅の名盤 1000 』、 2007 年)
■収録曲
モーツァルト
ピアノ協奏曲第 20 番ニ短調 K.466
[1] 第 1 楽章 アレグロ [カデンツァ:ベートーヴェン]
[2] 第 2 楽章 ロマンツェ
[3] 第 3 楽章 ロンド、アレグロ・アッサイ [カデンツァ I: フンメル、 カデンツァII:ベートーヴェン]
ピアノ協奏曲第 21 番ハ長調 K.467
[ 4 ] 第 1 楽章 アレグロ [カデンツァ:グルダ]
[5 ] 第 2 楽章 アンダンテ
[6 ] 第 3 楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ [カデンツァ : グルダ]
フリードリヒ・グルダ(ピアノ)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:クラウディオ・アバド
[録音] 1974 年 9 月、ウィーン、ムジークフェラインザール
[初出] 2530 548(1976 年 )
[日本盤初出] MG2506 (1976 年 3 月 1 日 )
[オリジナル・レコー ディング]
[プロデューサー] ライナー・ブロック
[ディレクター]カールハインツ・シュナイダー
[レコーディング・エンジニア] ギュンター・ヘルマンス
[ Super Audio CD プロデューサー]大間知基彰(エソテリック株式会社)
[ Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 杉本一家
( JVC マスタリングセンター ( 代官山スタジオ ) )
[ Super Audio CD オーサリング]藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説] 諸石幸生 黒田恭一
[企画・販売]エソテリック 株式会社
[ 企画・協力 ] 東京 電化株式会社