ベーム&ベルリン・フィルの最高の成果
生前はウィーン・フィルや
ベルリン・フィルから神のように崇められ、
カラヤンと人気を二分したオーストリアの
名指揮者カール・ベーム(1894-1981)。
音楽を流麗に磨き上げるカラヤンの派手な
音楽作りと比べて、素朴で質実剛健・愚直なまでに
音楽に忠実なベームの音楽は、
ドイツ・オーストリアのクラシック演奏の
本質を伝えるものとして高く評価されていました。
特に1960
年代まではまさに「ベームの全盛期」とされ、
その演奏の圧倒的な燃焼度は、
聴く者に大きな感銘を与えてくれました。
戦前から録音には積極的だったベームですが、
その全盛期の充実を捉えたオーケストラ録音は、
1950
年代から1960年代にかけてベルリン・フィルと録音した
一連のドイツ・グラモフォン盤に集約されているといえるでしょう。
ベートーヴェンの「運命」「ミサ・ソレムニス」、
ブラームスの交響曲第2番、
レーガーのモーツァルト変奏曲などの
モノラル録音に続いて着手された、
ステレオ録音によるベートーヴェン「英雄」「第7
番」と
ブラームス「第1 番」の交響曲3 曲、
そして1960
年代のモーツァルトおよび
シューベルトの交響曲全集は、
この時代のベームとベルリン・フィルの
最高の成果といえる名盤ぞろいです。
■
ステレオによる初のモーツァルト交響曲全集
この中で、
1958
年録音のブラームスの交響曲第1番は、
2010 年に当シリーズでSACD
ハイブリッド化され
好評をいただきましたが、
今回はベームが1959年から1968年まで
9年をかけて収録した
モーツァルトの交響曲全集から、
後期交響曲9曲が
SACD
ハイブリッド化されることになりました。
モーツァルトの交響曲全集は、
1955 年〜56
年にラインスドルフが
ロイヤル・フィルとウェストミンスターに
全曲録音を成し遂げていましたが、
モノラル/ステレオ混交だったラインスドルフ盤に対して、
ベーム盤は初の全曲ステレオによる全集となったのでした。
指揮棒を持ったベームを捉えたモノクロの写真に、
モーツァルトのサインとK
番号、
そしてドイツ・グラモフォンの黄色い額縁の中に
「MOZART・KARL
BÖHM」という文字と曲目を記した
シンプルな統一ジャケット・デザインは、
当時のモーツァルト・ファンが熱望するLP
でもありました。
■モーツァルト指揮者ベームの真骨頂 。
「モーツァルト指揮者」としてのベームの名声は
すでにドレスデン国立歌劇場をひきいていた
1930
年代に確立されており、
その後ウィーン国立歌劇場に移ってからは、
戦中・戦後の伝説的な
モーツァルト・アンサンブルを築き上げています。
交響曲の録音もすでにSP
時代から手掛けており、
ウィーン・フィルとは第25 番・35 番・41 番をEMI に、
モノラルLP 時代には第36 番・38
番をデッカに録音し、
さらにコンセルトヘボウ管と39 番〜41
番を録音するなど、
レコード面でも高く評価されていました。
ベームは、19
世紀生まれでありながらも、
感傷的なロマン主義とは一線を画し、
「新即物主義(=ノイエ・ザハリッヒカイト)」とも称された、
テンポの恣意的な伸縮のない、
拍節感が明確なモーツァルト解釈は、
20
世紀後半のモーツァルト演奏の
本流を体現したものといえるでしょう。
第1
楽章の序奏や緩徐楽章、
メヌエット楽章のトリオでは比較的遅めのテンポを採り、
提示部や展開部の繰り返しは基本的に行わない
(第40番の第1
楽章の提示部のみ繰り返しあり)のも、
この時代のモーツァルト演奏様式の特徴といえるでしょう。
すでにカラヤン時代に入っていたベルリン・フィルが、
ベームの緻密な統御のもと、
流麗なカラヤン・サウンドとは異なり、
前任者のフルトヴェングラー時代を思わせる
蒼古で骨太な響きを取り戻しているのも大きな聴きもの。
ベームはこのモーツァルト全集と並行して、
「魔笛」全曲(1964
年)や
シューベルトの交響曲全集(1963〜71年)という
名盤をベルリン・フィルと残しており、
いずれもベームにとって
最も体力・気力充実した時期の
決然たる音楽作りを刻印しています
■最高の状態でのSuper Audio CDハイブリッド化が実現 。
この録音が行なわれたベルリンの
閑静なダーレム地区にあるイエス・キリスト教会は、
第2
次大戦後にその優れた音響が見いだされ、
録音に適したホールが少ないベルリンの中で、
録音会場として重用されるようになりました。
特にドイツ・グラモフォンによる
フルトヴェングラーやフリッチャイの録音以後、
幾多の名盤がこの教会で生み出されてきています。
天井が高く大きな空間であるにもかかわらず
響き過ぎず、肌理細やかな透明感が保たれるため、
細部までおろそかにしないベームの解釈には
理想的な録音会場といえるでしょう。
収録を担当したのは、
ギュンター・ヘルマンス、
ハンス=ペーター・シュヴァイクマンら
ドイツ・グラモフォンの名トーンマイスター3
名で、
この教会の音響特性を知り尽くしているがゆえに、
録音時期とエンジニアが異なっても、
ベルリン・フィルの深い響きを余すところなく捉えた
統一感のあるサウンドで収録されています。
デジタル初期からOriginals
も含め
何度もCD化されてきた名盤であり、
第40 番・第41 番については2011 年に一度
Super Audio CD
シングルレイヤー化され、
そのたびにリフレッシュされてきました。
そして今回改めてオリジナル・マスターをもとに
DSD
リマスタリングが施されることで、
さらに鮮明かつ新鮮なサウンドで、
全盛期のベーム+ベルリン・フィルの響きを
味わうことが可能となりました。
■「オリジナル楽器によるモーツァルトが出現する前の、
モーツァルト演奏の一つの基準を打ち立てた名演奏」 。
「ベームとBPOによるモーツァルトの演奏には、
当然のことながら、彼がVPOを指揮した時のそれとはちがった魅力がある。
そこにはたくまずして一本のたくましい線が描き出されていく。
それはすなわちBPOの音楽性そのものでもあるのだろう。
ここにきくような若きモーツァルトの作品でも、
ベームはかなり重厚に再現をするのだが、
それが少しも重苦しいものになっていないのは、
彼の適切なセルフコントロールもさることながら、
BPOの表現力豊かな音楽性によっている部分も、
決して少なくはない。」
(レコード芸術別冊『クラック・レコード・ブックVOl.3
交響曲編』、1985年)
「骨太のがっちりした音楽がつくられているものの、
粗雑ではなくて、きめ細やかな表情も持っている。
テンポが総体的におそめなことも、こうした表情と無関係ではない。
なかでも緩徐楽章やメヌエットのトリオなどは絶品である。
そして、ベルリン・フィルを使いながらも、
ベームはそこからウィーン的なものを引き出している。
これはベームのきびしい要求でもあっただろうが、
同時にまたベームの人徳ともいえそうである。
これはたしかにベームの貴重な遺産である。」
(レコード芸術別冊『クラック・レコード・ブックVOl.3
交響曲編』、1985年)
「引き締まって密度の高い響き、
古典的な均整と格調を尊んだベームならではの演奏で、
モーツァルトの音楽に求められる推進力も含めて、
充実した聴きごたえをもたらしている。《リンツ》では、
あたかもオペラのような生気にとんだ進行が快適。
一方第39番では重厚かつ豊潤な第1楽章の長い序奏部からすでに、
シンフォニックな腰のすわった演奏で魅了する。
ベームのモーツァルトでは、
必要以上に管楽器を抑えることをせず弦と対等に扱っていることが、
流麗さのみに偏らない特別の覇気と輝きを生むのである。」
(レコード芸術別冊『クラック・レコード・ブックVOl.3
交響曲編』、1985年)
「策を弄せず、淡々と作品に立ち向かい、
ベームならではの職人芸に徹したモーツァルトで、
全体から細部に至るまで徹底したプロの至芸が繰り広げられており、
今なお頂点に聳え立つ演奏として輝き続けている。
作品を見据える視線が無垢で純粋であること、
演奏という行為を自己のアピールではなく、
作品本来の姿を浮き彫りにすることに徹した仕事ぶり、
そして愛情がモーツァルトの喜びに聴き手を浸らせてくれる。
不滅の名盤。」
(『ONTOMO MOOK
クラシック不滅の名盤1000』、2007年)
「オリジナル楽器によるモーツァルトが出現する前の、
モーツァルト演奏の一つの基準を打ち立てた名演奏。
当時のベームの覇気、
そしてモーツァルトはこのように演奏するものだという
確信がひしひしと伝わってくる。
ベームはまったく小細工を弄することなく、
モーツァルトの作品をその演奏の歴史にのっとった形で
説得力豊かに歌いあげる。
今日よりもずっとドイツ的な色彩を色濃くとどめていた
ベルリン・フィルの質感が質実剛健な
彼の音楽に立体感をもたらす。」
(『クラシック名盤大全 交響曲編』、1998年)
■収録曲
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
DISC 1
[ESSG-90130]
交響曲 第25 番 ト短調 K. 183
1 第1 楽章:
アレグロ・コン・ブリオ
2 第2 楽章: アンダンテ
3 第3 楽章: メヌエット〜トリオ
4 第4 楽章:
アレグロ
交響曲 第29 番 イ長調 K. 201
5 第1 楽章: アレグロ・モデラート
6 第2
楽章: アンダンテ
7 第3 楽章: メヌエット〜トリオ
8 第4 楽章:
アレグロ・コン・スピーリト
交響曲 第31 番 ニ長調 K. 297《パリ》
9 第1 楽章:
アレグロ・アッサイ
10 第2 楽章: アンダンテ
11 第3 楽章: アレグロ
DISC2
[ESSG-90131]
交響曲 第35 番 ニ長調 K. 385《ハフナー》
1 第1 楽章:
アレグロ・コン・スピーリト
2 第2 楽章: アンダンテ
3 第3 楽章: メヌエット〜トリオ
4 第4 楽章:
フィナーレ(プレスト)
交響曲 第36 番 ハ長調 K. 425《リンツ》
5 第1 楽章:
アダージョ〜アレグロ・スピリトーソ
6 第2 楽章: アンダンテ
7 第3 楽章: メヌエット〜トリオ
8 第4
楽章: プレスト
交響曲 第38 番 ニ長調 K. 504《プラハ》
9 第1 楽章:
アダージョ〜アレグロ
10 第2 楽章: アンダンテ
11 第3 楽章:
フィナーレ(プレスト)
DISC3 [ESSG-90132]
交響曲 第39 番 変ホ長調 K.
543
1 第1 楽章: アダージョ〜アレグロ
2 第2 楽章: アンダンテ・コン・モート
3 第3 楽章:
メヌエット(アレグレット)〜トリオ
4 第4 楽章: フィナーレ(アレグロ)
交響曲 第40 番 ト短調 K.
550
5 第1 楽章: モルト・アレグロ
6 第2 楽章:アンダンテ
7 第3 楽章:
メヌエット(アレグレット)〜トリオ
8 第4 楽章: アレグロ・アッサイ
交響曲 第41 番 ハ長調 K.
551《ジュピター》
9 第1 楽章: アレグロ・ヴィヴァーチェ
10 第2 楽章:
アンダンテ・カンタービレ
11 第3 楽章: メヌエット(アレグレット)〜トリオ
12 第4 楽章:
モルト・アレグロ
[演奏]
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:
カール・ベーム
[録音]
1959 年10 月
(第35 番《ハフナー》・第38
番《プラハ》)、
1961 年12 月(第40 番)、
1962 年3 月(第41 番《ジュピター》)、
1966 年2
月(第31 番《パリ》・第36 番《リンツ》・第39 番)、
1968 年2 月&3 月(第25 番・第29
番)、
ベルリン、イエス・キリスト教会
[初出]
138112(第35 番《ハフナー》・第38
番《プラハ》)、
138 815(第40 番・第41 番《ジュピター》)、
139159(第31番《パリ》)、
139160(第39
番・第36 番《リンツ》)、
139406(第29 番)、
[日本盤初出]
SLGM-26(第35 番《ハフナー》・第38
番《プラハ》)、
SLGM-1093(第40 番・第41 番《ジュピター》)、
SLGM‐1364(第39 番・第36
番《リンツ》)、
SLGM-1367(第31 番《パリ》)、
SMG-2067(第29 番)
オリジナル・レコーディング
[エクゼクティヴ・プロデューサー]オットー・ゲルデス
(第25 番・第2
9 番・第36 番《リンツ》・第3 9 番)、
Dr .ハンス・ヒルシュ(第31 番《パリ》)、
エルザ・シラー(第35 番《ハフナー》・第38
番《プラハ》・
第40 番・第41
番《ジュピター》)
[レコーディング・プロデューサー]
ヴォルフガング・ローゼ
[バランス・エンジニア]
ギュンター・ヘルマンス(第25
番・第29 番)、
ハンス=ペーター・シュヴァイクマン(第31 番《パリ》・
第36 番《リンツ》・第39
番)、
ヴァルター・アルフレート・ヴェットラー(第35 番《ハフナー》・
第38 番《プラハ》・第40 番・
第41
番《ジュピター》)
[Super Audio CD
プロデューサー]
大間知基彰(エソテリック株式会社)
[Super Audio CD
リマスタリング・エンジニア]杉本一家
(ビクタークリエイティブメディア株式会社、マスタリングセンター)
[Super Audio CD
オーサリング]
藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説]
諸石幸生 石井宏 ハインツ・ベッカー(石井宏 訳)
[企画/販売] エソテリック株式会社
[企画/協力]
東京電化株式会社