マーラー音楽の使徒、バルビローリ
ジョン・バルビローリ(1899-1970)は、第2次大戦後、イギリスのハレ管弦楽団の首席指揮者として同団の黄金時代を築き上げたイギリスの名指揮者で、その耽美的なまでに情感あふれる演奏で今でも多くの音楽ファンの心をつかんでいます。
SP時代から録音には積極的で、生涯にわたって数多くの録音を残していますが、戦後のステレオ時代では、シベリウス、マーラー、エルガー、ヴォーン・ウィリアムズらの交響曲・管弦楽曲が代表的な名盤として知られています。その中でも、バルビローリの最晩年である1964年から1969年にかけてEMIに録音したマーラーの交響曲3曲
--ベルリン・フィルとの第9番(1964年)、ニュー・フィルハーモニア管との第6番(1967年)と第5番(1969年)--
は、マーラー演奏史上に残る極め付きの大演奏としてLP時代から高く評価されてきました。
バルビローリが本格的にマーラー演奏に取り組んだのは第2次大戦後になってからのことで、1954年にハレ管弦楽団と交響曲第9番を初めて演奏した時、リハーサルに50時間もかけて徹底的に作品を掘り下げたと言われています。それ以後、バルビローリに残された16年の後半生の中で、第8番と第10番のクック版を除く全交響曲をレパートリーとし、イギリスのみならず、アメリカ、イタリア、ロシア、オーストリア、ドイツの客演先でも演奏し続けました。
■急逝する1年前のレコーディング
1969年7月、夏の暑さの中で録音された交響曲第5番は、バルビローリが急逝するほぼ1年前の演奏で、まるでマーラーの音楽に込められた感情の襞を読み取り、それを一つ一つ音化していくかのように、全曲74分というゆっくりとしたテンポで進められます(この曲の演奏時間としては長い部類に入ります)。その中でも有名な第4楽章アダージェットは、通常よりも早めのテンポ(10分弱)で演奏されていますが、これはマーラー自身が演奏したテンポに近いと言われています。またこの楽章のリハーサルの際に、ニュー・フィルハーモニア管の弦楽セクションがかけるポルタメントが物足りないと感じたバルビローリは、「心配しないで、ポルタメントは道徳に反することじゃないのです。罰金なら私が払うから」と説得し、その結果この名演が成し遂げられたのでした。
■オリジナル・アナログマスターの良さを活かしたSuper
Audio CDハイブリッド化が実現
ワトフォード・タウン・ホールは、キングスウェイホールと並んで、ロンドン近郊のオーケストラの録音場所としては頻繁に使用されているホールです。適度な残響感と奥行き感を備えたニュートラルな響きは、マーラーの指定した3管編成のオーケストラの厚みと繊細さ、そしてさまざまな楽器の組み合わせによる多彩なニュアンスを再現するのには最適。熱がこもるあまり発せられるバルビローリの唸り声も入っています。
今回のSuper
Audio
CDハイブリッド化に当たっては、これまでのエソテリック企画同様、使用するマスターテープの選定から、最終的なDSDマスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われました。特にDSDマスタリングにあたっては、D/Aコンバーターとルビジウムクロックジェネレーターとに、入念に調整されたエソテリック・ブランドの最高級機材を投入、また同社のMEXCELケーブルを惜しげもなく使用することで、オリジナル・マスターの持つ情報を伸びやかなサウンドでディスク化することに成功しています。CD時代初期からリマスターされ、artによるリマスタリング盤も含め、現在に至るまで繰り返し再発売されたカタログからは消えたことがない名演ですが、今回のSuper
Audio
CDハイブリッド化によって鮮度高く蘇りました。
■「あらゆるマーラー録音の中でもっとも偉大な一つ」
『バルビローリらしい人間的なあたたかさと、誠実さの感じされる、心あたたまる音楽の作り方で、遅めのテンポでゆっくりと曲を運びながら、劇的なこの曲の性格を、重厚に歌い上げている、全楽章中では、特に第1楽章の「葬送行進曲」の、中間〜後半にかけての盛り上がりが素晴らしく、オーケストラも好演である。』
(志鳥栄八郎、『レコード芸術別冊・クラシック・レコード・ブックVOL.1交響曲編』1985年)
『そしてバルビローリが遺した数多くの録音の中で最も感動的な演奏の一つ。何とヒューマンなマーラー!苦悩に身をよじり、憧れに心を焦がす。魂の底まで抉るような表現が、音楽作品としてのフォルムを崩すことなく達成されている。音楽の内的テンションは一貫して高い。すべてのパートが有機的に呼応しあうNPOのパフォーマンスは感嘆に値する。テクニカルに優れているだけでなく。“憑依”と表現したいほど全てのセクションが、バルビローリの肉声を全身全霊で訴える。』
(藤野俊介、『クラシック名盤大全・交響曲編』、1998年)
■収録曲
グスタフ・マーラー
交響曲第5番嬰ハ短調
1. 第1楽章: 葬送行進曲「精確な歩みで、厳格に、葬列のように」
2. 第2楽章: 「嵐のように激して、いっそうおおきな激しさで」
3. 第3楽章: スケルツォ「力強く、速すぎずに」
4. 第4楽章: アダージェット
5. 第5楽章: ロンド・フィナーレ(アレグロ)
< 演 奏 >
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
指揮:サー・ジョン・バルビローリ
[録音]
[録音]
1969年7月16日〜18日
ロンドン、ワトフォード・タウン・ホール
(アナログ・レコーディング)
[日本盤LP初出]SLS778(1970年)
[オリジナルレコーディング/プロデューサー]
ロナルド・キンロック・アンダーソン
[オリジナルレコーディング/レコーディング・エンジニア]
アレン・スタッグ、ステュサート・エルサム
[Super Audio CDプロデューサー] 大間知基彰 (エソテリック株式会社)
[Super Audio CDリマスタリング・エンジニア]
杉本一家(ビクタークリエイティブメディア株式会社 マスタリング・センター)
[Super Audio CDオーサリング] 藤田厚夫(有限会社エフ)
[解説] 諸石幸生、西村弘治
[企画/販売] エソテリック株式会社
[企画協力] 東京電化株式会社