SACD ハイブリッド

繊細かつワイドレンジなサウンドが完璧に捉えた、

最晩年のカラヤンによる究極のチャイコフスキー。   

 
チャイコフスキー:

交響曲第4番・第5番・第6番「悲愴」

ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 

(3枚組)

価格:10,833円(税別)
ESSG-90197/99[SACD Hybrid]
DSD MASTERING
Super Audio CD層:2チャンネル・ステレオ[マルチなし]
美麗豪華・紙製デジパック・パッケージ使用

2019年3月20日発売!



■最晩年のカラヤンの音楽の深化  

 

1980 年代に入って、クラリネットのザビーネ・マイヤーの首席採用を巡る対立を発端に、

終身芸術監督を務めていたベルリン・フィルとの関係がこじれはじめた最晩年のカラヤンは、

ウィーン・フィルとの関係をより深めるようになりました。

 

持病の腰痛が悪化し、指揮台に高めの椅子を固定して、そこに腰かけて指揮せざるを得なくなり、

トレードマークだった「目を閉じたまま、流麗な棒さばきでオーケストラを操る」

颯爽とした指揮ぶりは見られなくなったものの、オーケストラを統率する強靭な精神力には微塵の衰えもなく、

逆にその肉体の不自由さがカラヤンの音楽作りに

それまでになかったある種の奥行きと深みを加えるようになりました。

 




綿密な映像収録とリンクしたオーディオ・ソフトの制作     

 

そんな時期にカラヤンは、

自ら設立したテレモンディアル社による映像ソフトの収録に全精力を注ぐようになります。

それまでのユニテル社でのフィルム収録ではなく、ビデオテープを使った映像は、

鮮明さに加えて音と映像のシンクロの精度を大幅に向上させることになり、

自らの主要レパートリーをこの新しいテクノロジーによって、家庭で再生可能なソフト制作を目的に、

改めて収録しなおすという大プ ロジェクトがスタートすることになりました。

通常の演奏会の中継スタイルという体裁を取りながらも、実のところは数日にわたるセッションを組み、

綿密に計算されたカメラワークによって収録された映像は、 カラヤン自身の監修のもとで編集され、

さらにその映像の音声部分の収録にはドイツ・グラモフォンのスタッフが担当するという盤石の布陣が採用され、

当時としては最新のデジタル・ソフトだったCD という フォーマットによる

オーディオ・ソフトとして発売されることになりました。

 

ベルリン・フィルとはベートー ヴェン、ブラームス、R.シュトラウスなどの交響曲・管弦楽曲が、

そしてウィーン・フィルとは声楽曲やスラ ヴ〜ロシアのレパートリーが収録されることになりましたが、

ウィーン・フィルとの最初のプロジェクトと なったのがチャイコフスキーの後期三大交響曲でした。

まず1984 年1月の第5 回定期公演の前後でまず第6 番「悲愴」が収録され、

同年3 月に第5 番、そして9 月に第4 番が収録されています。

第5 番と第4 番は「TV コンサート」と銘打って公開演奏も行われています。

 





生涯をかけて取り組んだチャイコフスキーの総決算     

 

チャイコフスキーの後期三大交響曲は、カラヤンが複数の録音を残したことで知られています。

特に第6 番「悲愴」は、 カラヤン最初期のSP 録音に始まり、

このウィーン・フィルとの 1984 年盤まで7 種類もの正規録音を残しており、

これはブ ラームスの交響曲第1 番と並び、

カラヤンが再録音を繰り返 した回数としては最も多いものとなりました。

 

第4 番は6 種、 第5 番は5 種とやはり多く、録音テクノロジーの変化・進化が あるたびに、

定点観測するように自らの解釈を記録し続けた カラヤンの執着ぶりがうかがえます。

ウィーン・フィルとの演奏は、いずれもカラヤンにとって生涯最後のセッション録音となったものですが、

それまでの録音と決定的に異なるのは、

深いビロードのような光沢を湛えたウィーン・フィルの濃密な響きを最大限に活かし、

雄大なスケールで作品の構成感を描きつつ、細部までに血の通った表現を実現させている点でしょう。

全盛期ほど肉体の動きが機敏ではなくなってきたカラヤンの意図を巧みにくみ取って、

それを積極的に現実の音にしてゆくウィーン・フィルの自発性が際立った演奏ともいえるでしょう。

ベルリン・ フィルでは時に人工美が目立つ傾向もあったカラヤンですが、

これらウィーン・フィルとの演奏では、作品の感情の豊かさが大きくクローズアップされています。

またこれらはカラヤンにとってチャイコフス キーの交響曲における

初の(そして結果としては唯一の)デジタル録音であり、

当初からCD というメ ディアでの発売を想定して収録された点でも、

それ以前の録音とは大きく意味合いが異なるものでした。

チャイコフスキーの有名な肖像を異なる背景の中でデジタル処理した

ディーター・シュライフェンバウムによるアルバム・デザインも

そうした意味合いを強調するかのような秀逸なものでした。

 

 


最高の状態での Super Audio CD ハイブリッド化が実現      

 

ウィーン・フィルの本拠地ムジークフェライン ザールでの収録を手掛けたのは、

1970 年代 のEMI録音に始まり、その後カラヤンの録音の専任プロデューサーとなった

ミシェル・グロッ ツと、ヴェテラン・エンジニア、ギュンター・ヘルマンスのコンビ。

 

この時期のカラヤンの録音に共通する、左右の広がりと深い奥行きを備えた音場の中で、

繊細さの感じられる減額パートと豪壮な金管の響きを据えていくバランス作りですが、

音楽の主要パートを映像できっちりと 捉えてゆくカラヤンの映像演出の意図を組んでのゆえか、

木管や金管のソロが明確にピック アップされてミキシングされているのが印象に残ります。

初出時からLP とCD で同時発売され、

さらにOriginal Image Bit Processing でのリマスタリングによる再発売もされていますが、

今回は初めてのDSD リマスタリングとなります。

 

今回の Super Audio CD ハイブリッド化に当たっては、

これまで同様、使用するマスターテープの選定から、

最終的なDSD マスタリングの行程に至るまで、妥協を排した作業が行われています。

特にDSD マスタ リングにあたっては、DA コンバーターとルビジウムクロックジェネレーターに、

入念に調整された ESOTERIC の最高級機材を投入、

またMEXCEL ケーブルを惜しげもなく使用することで、

オリジナル・ マスターの持つ情報を余すところなくディスク化することができました。

 

 

 



「芯からの緊張感が漂い、心が震えるほどに訴えかけてくる」     

 

「この交響曲第5 番では、従来のような必要以上の緊張感というか、神経質さが影を潜めて、

くつろい だ表情がうかがえるようである。拍節を正確に保ちながらも、遅い部分は心持ち遅く、

速い部分はやや 速くといった、テンポとリズムにコントラストをつけているのが、新録音の特色といえるかもしれない。

しか も表現のダイナミック・レンジが広がり、スケールが大きくなっているのは、

カラヤンの円熟を示しているといっていい。ウィーン・フィルもこうしたカラヤンのスタイルに俊敏に反応して、

きめの細かいアンサン ブルとダイナミックなサウンドで鳴り切っている。」

 (日本初出盤のライナーノーツ、1985 年)

 

「このレコードで聴ける交響曲第6 番の演奏は、

これまでのカラヤンの指揮したいずれの録音にもまして、重く、暗い響きによっている。

なかでも、特に際立っているのが、金管楽器の、まさに打ちひしがれたといった表情の響きである〈悲愴〉の愴の字は、

いたましいという意味の字であるが、金管楽器によっ てもたらされる響きは、

いたましさにたえかねた人の叫びのようにも感じられる。(・・・)

これまでのカラヤ ンはこのシンフォニーでここでのようにリズムを強く刻んだことはなかった。

〈悲愴〉交響曲という音楽作 品の肌より骨を重く見て、

これまでのカラヤンの美意識をもってすれば押しつけがましいと言えなくもない、

強く、しかも濃い表現によって、この演奏を展開している。」

(日本初出盤のライナーノーツ、1985 年)

 

「カラヤンは老いてますます盛んである。交響曲第4 番は実に6 度目の録音だが、

以前の盤を上回る 大迫力である。ウィーン・フィルとの演奏で、いわば〈老いらくの恋〉ともいうべき燃焼が感じられる。

解釈 のコンセプトに新しさは期待できないものの、カラヤン芸術の最良の結晶を聴くことができる。」

 「交響曲第6 番はカラヤン7 回目の録音だが、これは過去6 回のいずれをも超える名演である。

芯からの緊張感が漂い、音質の抜群の良さもあって心が震えるほどに訴えかけてくる。

曲頭の第1 楽章序 奏部では未聞の響が慄然と響いているし、それがフィナーレのコーダにこだまして、

深い悲しみの淵に聴く者の心を沈めてしまう。レコードで体験することのできる最高の感動がここにはある。」

 (レコード芸術・別冊『クラシックCD カタログ89〈前期〉』、1989 年)

 

「交響曲第6 番の出だしからして、ふと(カラヤンが得意とする)シベリウスを連想させるような響きがする。

明らかにそれまでの録音では聴かれなかった、深く、あたたかで、しかも神秘感をまとった響き。

いうなれば、この演奏には室内楽にも相通じる親密さが通っている。

音色にも歌い口にも、何とも知れぬ 魂の自在さと縹緲たる詩趣とはあふれているのである。

しかもそのことによって、音楽のスケールは少 しも小さくなっていないし、

築き上げられた格調が崩れているわけでもない。

かえって、カラヤンはここ に初めて〈無限〉をつかんだとさえ、私は聴く。」

 (『カラヤン全軌跡を追う』、1996 年)

 

 「(交響曲第5 番での)作品を知り尽くしたカラヤンの指揮は、構えにゆとりがあり、

作品の全体像を俯 瞰して見据えるような恰幅の豊かさを醸し出している。

しかしその背後には時に見てはならぬ世界に聴 き手を誘うような不気味な瞬間もあり、

第1 楽章冒頭など、尋常ではない経験に浸らせてくれる。

それはこのカラヤンの演奏だけで知り得るチャイコフスキーの怖さであり、

背筋が寒くなるほどである。ウィー ン・フィルを得たことで演奏は確かにしなやかさを増したが、

深い影がさす暗い響きは、ふとカラヤン晩 年の孤独感すらうかがわせて興味深い。」

 「(交響曲第6 番での)万感の思いを込めた、まことに彫り深く急進的なその表現を聴いていると、

どう してもそう考えたくなってしまう。しかしそうした渾身の演奏であるにもかかわらず、

その音楽はあくまで しなやかで、表現を詰めたが故にそこに淀んだ澱を残すことがない。

さすがにカラヤンであり、VPO の 柔軟な反応力というべきである。

特に終楽章における求心力と切々として深く強い表現は、凄絶なまでの美しさに貫かれており、

聴き終わった後も一層深い沈黙と感動を呼び起こさずにはおかないだろ う。」

 (『クラシック不滅の名盤800』、1997 年)

 

「(交響曲第5 番の)第1 楽章冒頭の疲れたような表情は主部に入っても晴れることがなく、

常に陰影 をたたえている。第3 楽章に束の間の安息を見出すものの、

終楽章もまるで勝利なき凱旋を行うよう。 でもそこには溌溂としたカラヤンとは全く別の、

人間味あふれる感動が充溢している。」

 「交響曲第6 番の持ち味であるセンチメンタルな情念を、

カラヤン流に流麗極まりなく再現しているのは当然のことながら、

以前の諸録音と違っているのは、美しく整えられた響きの内側に、一種の暗さ、

憂愁が一層鮮明になって漂っていることである。通俗に堕する一歩手前で踏みとどまり、

作品に緊張 感をもたらし、奥行きを加えて深みをも実感させてくれる。

カラヤン晩年の心境をウィーン・フィルが余さ ず映し出して見事。」

 (『ONTOMO MOOK クラシック名盤大全 交響曲編』、1998 年)

 

「(交響曲第5 番は)晩年のカラヤンの特徴が顕著に示された演奏といえる。

深く刻み込まれた陰影 が特徴的で、フィナーレでも勝利の凱旋の雰囲気からは程遠い。

まるで作曲家の憂いと指揮者の晩 年の思いが共鳴したような演奏。

この作品の隠された一面を明らかにする名演といえる。」

 (『クラシック不滅の名盤1000』、2007 年)

 



■収録曲

 

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

 DISC 1

交響曲 第4 番 へ短調 作品36

 [1] 第1 楽章:アンダンテ・ソステヌート〜モデラート・コン・アニマ〜モデラート・アッサイ、クアジ・アンダンテ〜

アレグロ・ヴィーヴォ

[2] 第2 楽章:アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーネ

 [3] 第3 楽章:スケルツォ、ピッツィカート・オスティナート〜アレグロ

 [4] 第4 楽章:フィナーレ(アレグロ・コン・フォーコ)

 

DISC 2

交響曲 第5 番 ホ短調 作品64

[1] 第1 楽章:アンダンテ〜アレグロ・コン・アニマ

[2] 第2 楽章:アンダンテ・カンタービレ、コン・アルクーナ・リツェンツァ〜モデラート・コン・アニマ〜アンダンテ・

モッソ〜アレグロ・ノン・トロッポ〜テンポ・プリモ

[3] 第3 楽章:ヴァルス(アレグロ・モデラート)

 [4] 第4 楽章:フィナーレ(アンダンテ・マエストーソ〜アレグロ・ヴィヴァーチェ〜モルト・ヴィヴァーチェ〜モデラート・

アッサイ・エ・モルト・マエストーソ〜プレスト)

 

 DISC 3

交響曲 第6 番 ロ短調 作品74《悲愴》

 [1] 第1 楽章:アダージョ〜アレグロ・ノン・トロッポ〜アンダンテ〜モデラート・モッソ〜アンダンテ〜モデラート・アッサイ〜

アレグロ・ヴィーヴォ〜アンダンテ・コメ・プリマ〜アンダンテ・モッソ

 [2] 第2 楽章:アレグロ・コン・グラツィア

[3] 第3 楽章:アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ

[4] 第4 楽章:フィナーレ(アダージョ・ラメントーソ〜アンダンテ)

 

 [録音]1984 年9 月17 日〜24 日(交響曲第4 番)、

1984 年3 月13 日〜22 日(第5 番)、

1984 年1 月10 日〜 16 日(第6 番)、

ウィーン、ムジークフェラインザール

 

 [初出] 交響曲第4 番 415 348-2(1985 年)

交響曲第5 番 415 094-2(1985 年) 交響曲第6 番 415 095-2(1985 年)

 [日本盤初出](LP と同時発売) 交響曲第4 番 F35G50235(1985 年10 月25 日)

交響曲第5 番 F35G50073 (1985 年6 月25 日)

交響曲第6 番 F35G50043(1985 年6 月10 日)

 

[オリジナル・レコーディング]

 [エクゼクティヴ・プロデューサー]ギュンター・ブレースト

 [レコーディング・プロデューサー]ミシェル・グロッツ

[バランス・エンジニア]ギュンター・ヘルマンス

 [エディテイング]ラインヒルト・シュミット

[Super Audio CD プロデューサー] 大間知基彰(エソテリック株式会社)

[Super Audio CD リマスタリング・エンジニア] 杉本一家

(JVC マスタリングセンター(代官山スタジオ))

[Super Audio CD オーサリング] 藤田厚夫(有限会社エフ)

[解説] 諸石幸生 寺西基之

 [企画・販売] エソテリック株式会社

 [企画・協力] 東京電化株式会社